DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

 羽場博行『崩壊山脈』(祥伝社ノンノベル、1996年)を読んだ。

 ノンノベルの中にあったので――なにしろ夢枕獏や菊池秀行をたくさん出しているレーベルだ――スケールの大きなエロスとバイオレンスを期待して読んだら、結構まじめな社会派作品だった。
 舞台は長野県東部の明神湖。観光開発のために建設された巨大ダムの周辺で不審な微振動が観測され、山鳴りや鉱毒流出などの怪現象が連続していた。何か災害の前兆ではないかと考えた主人公は調査を開始し――と来れば、ネタバレをされずとも、当然展開は読める。ダムをめぐる利権の争い、開発主導者と反対者の対立、破壊される自然や巨大構築物の荘厳な美。人々の思惑がぶつかりあい、争いが激化していき、たくさんの人間が死に、互いの憎しみが頂点に達したとき、ダムが決壊し奔流がすべてを押し流す――問題はそれをどのように話として組み上げるか。
 で、展開は読めてはいるが、それでもなかなか楽しめた。(以下ネタバレ含む)
 何よりも展開が堅実である。作者の本業が建築家ということもあるが、現場の機材や業者とのやり取りのディティールなどよく描きこまれているし、町と自己の利益のために開発に邁進する市長や建設会社の社長、彼らや彼らを受け入れた町に復讐を誓うテロリストなど、それぞれの言い分をきっちり描き、どちらも単純に善人・悪人に分けられない陰影を持つ。題材に誠実に向き合いつつ、娯楽作品としても面白くするという努力が行き届いている――たとえば開発反対派への殺人も含む残酷な仕打ちや、テロリストに味方する元猟師との銃撃戦などといった、迫力優先のどちらかといえば非現実的な要素は、テーマを壊さずにノンノベルらしいスリルを与えている。主人公もまた、地元出身の人間である以上、外部からの傍観者ではいられず、テロリスト一味の兄として悲劇の一部に組み込まれていく。
 ただメインのトリックは、途中でだんだん見えてきてしまうのでいまいち明かされるときの驚きがないし、実際あれは水がどのくらいの量必要か考えると難しいのではないかという疑問もわく。あくまでダム破壊の陰謀は本筋ではなく、それをめぐり浮かび上がってくる悪意の構図こそがテーマだったということだろう。
 最後はダムの決壊で宗教的なカタストロフ――とはならず、当事者たちが共倒れのようにほとんど死んだあと、残された主人公らの活躍で、洪水は最小限の規模で食い止められ、住民は大半が避難して助かる。西村寿行のようにダムがすべてを押し流して、たたずむ主人公とヒロインを描いて終わり、としないあたりに、娯楽作家であると同時に社会派でもあろうとする作者のプライドが見える。単純に読んでスカッとする小説を期待していた身としては、そういう不謹慎さをとがめられた気分もあり、少し反省するところである。