DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

 船戸与一『群狼の島』(徳間文庫、1992年4月刊、単行本1981年6月双葉社刊)を読んだ。
 娯楽冒険小説の傑作である。何より、読んでいる間の安定感が良い。

 主人公の「おれ」は船乗りである。寄港地のマダガスカルでギャンブルをめぐるトラブルに巻き込まれたことから、物語が動き出す。殺人事件にかかわりお尋ね者になった彼は、マダガスカル北部に建設中のソ連軍基地を爆破する作戦に、成り行きで参加することになるのだ。
 作戦のリーダーは、日本で革命運動に敗れ国外逃亡し、今は海賊の首領として名を馳せる謎の男・鷺沢剛介。そして彼を慕う老若男女の海賊たち、鷺沢を追うことに異常な執着を示す船乗り、既に復讐を果たして失うものの無くなったギャンブラー、彼らを陰で操ろうとする華僑の大物――それぞれが背景を持ち、目的を持っている。崩壊寸前の積み木崩しのように、誰かが何かしようものならドラマが始まらざるを得ない緊張感。マダガスカルの歴史やソ連基地爆破という「目的」は、あくまで登場人物を集めるためのきっかけに過ぎない。彼らが集まって繰り広げるドラマこそが「主」であり、爆破作戦は「従」に過ぎないのだ。
 その中で「おれ」ひとりは彼らの中にいて、同時に彼らを外部から見下ろす特異な存在である。彼は復讐や理想などといった目的を持たない。人生すらもギャンブルと同程度にみなしている虚無的な男である。しかし彼はまた、戦闘部隊の中核として、要所で物語の進行を左右するほどの大きな役割を淡々とこなし、仲間の信頼を得る。最終的には各人の告白を聞き、爆破作戦を背景として織りなされるドラマを見下ろす位置に立つ。他人事のようでありながら中心人物となる、神の如き存在。しまいにこいつだけは何があっても死なないに違いない――と思うようになる。それで読者も彼と一体化して、安心してこの決死の冒険行を楽しめるのである。この安定感は類を見ない。
 志を持ち、それに見合う高い能力を持つ者たちが、たった一つの基地の爆破という、歴史の中で見れば小さな目的のために命を散らしていく――その一瞬の光芒を「特等席」で見られるのは、娯楽小説の醍醐味と言えるだろう。それを達成している点で、本書は冷戦下を舞台にしながら、現在も読める作品になっている。
 

 しかし船戸与一、初めて読んだのだが、意外に面白いので驚いた。高校時代に福田和也の『作家の値打ち』を読んで、あまりの酷評(採点不能、読んでいたら秘密にしたほうが良い、だったろうか)にずっと敬遠していたのだ。おかげで十年以上読むのが遅れたことになる。