DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

【最近読んだ本】
柄刀一『3000年の密室』(光文社文庫、2002年)B
 あるアマチュア考古学者が長野県の山奥の洞窟に発見した縄文人のミイラは、密室状態で殺されていた。サイモンと名付けられた彼は何者なのか? 学者たちの議論が続く中、当のアマチュア考古学者が不審な死を遂げる。
 歴史ミステリの様式美というべきか、現代と古代の事件が並行して語られ、終盤で両方が一気に解決する、という構成はうまいのだが、あまりカタルシスがない。明かされるトリックに不満があるわけではない。現代の事件のほうは、そんなにうまくいくかというのと、各キャラの卑小さや暗い部分が明かされていく展開が辛いというのでイマイチなのだが、古代の事件の方は、3000年という時間を利用した壮大なトリックで、なおかつわかりやすくて感心した。だがあまり感動はなかったのである。
 その理由として、すべての謎が明かされてしまう、ということがあると思う。物語の中では、縄文人は何者で、どこから来て、どこへ何をしに行こうとしていて、何故どのように殺されてしまったのか――と言った謎が、地の文でほぼ断定的に明かされる。そうではなく、論理的に突きつめて、色々な仮説が出され、いくつか有力な仮説が提示されるものの、それでも根源的なところに大きな謎が残る――描かれないその部分にこそ、想像の余地が生まれ、読み手に世界スケール感を与えるのではないか。少年漫画で雄大な風景が描かれるとき、我々はその風景に感動するというよりは、そこに描かれていない、はるか彼方に住む人々や生き物たち、そしてそこに広がる物語に思いを馳せて、その「雄大さ」を感じているはずだ。物語においても、それは同様だろう。
 言っても詮無いことながら、同じ題材を山田正紀が描いていたらどうなっていたか、などと考えてしまった。


北野勇作『ハグルマ』(角川ホラー文庫、2003年) B
 自殺した同僚がひそかに開発していたゲームのテストプレイを頼まれた「おれ」。身の回りの現実をモチーフに取り込んだリアルなゲームを進めるうち、「おれ」は何が現実で何がゲームなのかわからなくなっていき……という、岡嶋二人クラインの壺』以来のスタンダードな話。つまらなくはないが、

「ほら、写っているでしょう」
 石室がおれを見つめて言った。
「ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、ここにも――」
 紙の上の顔を次々に指差していく、
「ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、ここにも、 ここにもここにもここにもここにもここにもここにもここにもほらほらほらほらほら ここにもここにもここにもここにもここにもここにもここにもここにもここにも」
 声は次第にうわずって、最後のほうは絶叫になっていた。(p.34)

のような言葉の繰り返しが狂気の表現というのは紋切り型に過ぎるので、いい加減新しい表現が見いだされるべきではないか。
 ネタを割ってしまえば、現実を『かまいたちの夜』のような分岐型ゲームと同じようにとらえるというのが本書の肝で、目の前に現れる選択肢に応じて世界が無数に分岐していくのだが、分岐した世界同士が影響しあって「おれ」を取り巻く現実が混ざり合い、あたかも迷宮のようになっていくという話。一個が回転することで他も回転させるハグルマという存在は象徴としてうまく嵌っている。しかしその場合、時間は直線的に進んでいくだけであり、最後に時間のループらしき現象が起こっているのはどういうことかよくわからなかった。こんな現象を可能にした理屈付けがよくわからなかったので、そのせいかもしれない。物語中で象徴的な存在であるはずの化石「ヘリコプリオン」を「ヘリコプオン」と誤植しているあたり、どの程度深く考えているのか疑問は残るが。少なくとも、あまり頑張って読み解こうという気にはさせてくれない。
 裏表紙の作品紹介には「『ドグラ・マグラ』的狂気」と自分で恥ずかし気もなく書いているが、それとは性質の違うものに見え、もっと他の読み解き方が必要なのかもしれない。たとえば、単細胞生物がそれぞれの殻を持つ独立したユニットとして集合し、多細胞生物を構成する――という進化の過程に団地の起源を見出すという奇妙な「団地論」が語られ、「おれ」の妻や死んだ同僚がかかわっていた団地の自治会が後半で物語の鍵を握る重要なファクターともなっている点で、むしろ「団地ホラー」の一種として読むのが良いのかもしれない。「おれ」の全くかかわっていない団地の自治会を介して、妻が「おれ」の全く知らない人間関係を構築しているというのは、団地の時代特有の人間関係として典型なのではないか――などと考えたのだが、このあたりはあまり詳しくないのでわからない。原武史でも読むべきか。