DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

【最近読んだ本】
丸山健二『踊る銀河の夜』(文藝春秋、1985年)B
 三編収録の短編集だが、どれも同じような印象。いずれも都会から置き去りにされた島に住む、ひとりの男の一人称で、明確なものではないが、みな何かしら鬱屈をかかえている。物語は時系列を前後しながら、徐々に男の置かれている状況を浮き上がらせ、そこかしこにカタストロフの予兆を見せつつ、しかしなかなか何も起こらずページが進んでいく。生き別れた兄のヤクザや妻の焼身自殺事件、沼の主の大きな鯉など、それぞれにシチュエーションやガジェットを工夫してはいるものの、印象が変わるほどではない。
 この雰囲気が好きな人もいるのだろうが、個人的には合わない。文体は簡潔というよりぶっきら棒に近く、ハードボイルドというよりは終始意味もなく不機嫌な人という風にみえる。たとえばこんな風に――

今や私は完全に解き放たれている。拘束され、圧迫され、極度の緊張を強いられるような条件は、悉く滅している。胸のうちを占めている深い充足のどこにも陰りはなく、魂の際限のない膨らみをはっきり自覚することができる。(p.64)

 人によって意見は異なるだろうが、個人的には読んでいてとても満足してるようには見えない。昂ぶる心をおさえてクールにふるまっている、ならまだ良いが、単に無愛想になってしまっている。
 個人的にこういう人は苦手なのだ。一人称なのだが、内面はあまり語られないので、断片的な記述から彼の置かれている状況を再構成するしかないのだが、その作業がどうも、目の前にむっつり黙り込んでいる人がいて、恐る恐るご機嫌うかがいをしているような気分になってくる。著者近影をみると実際に怖そうなのもいけない。自然描写などに時おり見せる詩情が読んでいる間の救いか。
 どの物語もカタストロフの予兆を孕みながら、決定的な変化が起こる直前に、読者の想像にゆだねる形で幕を下ろす。それによって娯楽小説になるところが文学作品として成立してしまっているのは、作者にとって幸福なのか不幸なのか。


ニック・カッター『スカウト52』(澁谷正子訳、ハヤカワ文庫)B
 あらかじめB級と思って読めば面白い、えらくスタンダードなホラー小説。無人島にキャンプに訪れたボーイスカウトの少年5名と引率の男1名というシンプルな『蠅の王』的状況の中に「怪物」が侵入することで、楽しい孤島のキャンプは恐怖の牢獄に一転する――というのも、パニック小説お得意のパターンである。
 怪物――というか、島に漂着したその男は、異様にやせ細り、異常なほどの食欲を示し、土や壁の板までむさぼり食う。彼は暴力衝動に駆られ暴れまわった末に死ぬが、その症状は引率の男から少年たちまであっという間に感染していく。疫病ものとゾンビもののいいとこどりというところである。ここで、怪物が見た目はあくまで人間であるため、ボーイスカウト精神に則りみんなで助けようとしたことで悲劇になる、というのは、皮肉が利いていてよいと思った。
 明かされる真相はそれほど重要ではない。
(以下ネタバレ)
 その正体は軍が作り出した生物兵器の実験体だったということなのだが、その生物兵器をつくった研究者はダイエット薬品のつもりで作っていたとか、男が島にたどり着いたと知ると、島のまわりを封鎖して島と少年たちを兵器の実験材料としたとか、その実験をろくな隠蔽工作もせずにやったせいで、のちに裁判で全部あばかれたらしいことが、途中にはさまれる断章からわかる。そこには知性的なところなど何もなく、じゃあなんで軍はこんなバカなのかと言えば、パニックホラーはだいたいそんなものだから、としか言えないだろう。彼らはお約束の行動をとり、舞台が整う。
 こういったことはおぜん立てに過ぎず、この異常な状況での少年たちの「覚醒」こそが本筋だろう。少年たちをいい子におさえつけていたリーダーがいなくなったことで、彼らは自分こそが主導権を握ろうと反乱を起こす。もちろんこのスタンダードなホラーのことだから、彼らは反乱を起こすと同時に生物兵器に感染し、無惨に斃れていく。システマティックにストーリーが進み、そこから逸脱するのが少年たちの持つ異常性である。支配願望や嗜虐癖、暴力衝動の解放――これには兵器の感染による精神の変容という後押しもあるのだが、どうも彼らがもともと持つ異常性が変に増幅されてしまうために、同情の余地がない気がしてしまう。それぞれ工夫はしているのだが、少々やりすぎの感があり、5人の少年があまり区別できなかった。
 とはいえ500ページ以上読んできた末のラストは、意外にしんみりしてしまう。生き残った少年がみんなを追想して「みんないい奴だった」と言うところにはほろりとさせられて、いやそんなにいい話ではなかった、と慌てて打ち消してしまった。本当に、B級ホラーと割り切って読めば良い作品である。ハヤカワ文庫は文学作品も娯楽作品も、装幀が均質に立派なのが良くないところではある。