DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

ウォーレン・マーフィ『地獄の天井』A、千葉貢『相逢の文学』C

【最近読んだ本】

ウォーレン・マーフィ『地獄の天井』(平井イサク訳、サンケイ文庫、1986年、原著1984年)A

 ベルリン、ワシントン、カリフォルニアを結んで繰り広げられる「現代史伝奇スリラー」。翻訳小説で伝奇とつくのは珍しい。

 時は1984年、主人公はアメリカ大統領のシークレット・サービスを務めていたロバート・フックス。彼はテロリストに狙われた大統領を守って重傷を負い、その場に居合わせた妻も巻き込まれて昏睡状態となる。引退してボディーガードを開業したフックスに舞い込んだ依頼は、ドイツからアメリカにくるネオナチ研究家のコール教授の護衛だった。初仕事に勇躍するフックスだったが、ワシントンのホテルに着くや教授はあっさり殺されてしまう。ベルリンに住むコールの家族にその報告に行った彼は、なにも得るものもなく帰国し、次の仕事にとりかかろうとするが、その時には既に彼を巻き込んだ巨大な陰謀が進行していた――

 最初は堅実な捜査活動が主で、280ページくらいまではゆっくりしているのだが、そこから話が急ピッチで動き出す。序盤に出てくる、「コールが戦時中に会った、名前しかわからない女性の行方」の謎が40年以上経った現在にどうかかわってくるのか不安だったが、最後の方で多少強引に真相が明かされる。まあネオナチ研究家が出てきている時点でヒトラー=ナチスの復活がテーマというのは何となく勘付くけれど、なかなかそこに結び付かないので見込み外れかと不安になった。エヴァ・ブラウンが別人に成りすましてアメリカに亡命し、ヒトラーの遺児を産み、彼は成長して闇の組織を背景にアメリカ大統領になろうとしている――という真相は、スティーヴン・キングの『デッド・ゾーン』(小説1979年、映画1983年)のような、狂気の大統領によって再び戦争がはじまるという恐怖と時期的にも同質のものとみえる。

 終盤の急展開までを保たせるのが、堅実に捜査をすすめる主人公のキャラクターであると思う。テロに巻き込まれて身体と心に傷を負い、妻も目を覚まさない状況でも前向きに仕事に取り組む姿はなかなかカッコいい。元シークレットサービスとしてそれなりに度胸もある。

 ただ問題は主人公が浮気者すぎるところで、妻の妹、コールの娘など、主要女性人物のほとんどに欲情している。終盤で妻の妹と結ばれるので、これは最後の最後になって妻が意識を取り戻す皮肉なオチかと思ったら、その直後に妻が意識が戻らないまま死亡ということになって、ちょっとどうかとは思った。

 ラストはこれから本当の戦いが始まることを予感させる、絶望的とも希望を持たせるともいえるもの。中盤までの堅実な描写、その後のアクション満載の急展開、ハードなラストと、テーマ的にも同時代であればそれなりに切実さもあったであろう、質の高いサスペンスを味わえる。シェイマス賞受賞作というのもその辺を評価されてのことだろう。

 

千葉貢『相逢の文学』(コールサック社、2016年)C

 副題に「長塚節宮澤賢治・白鳥省吾・淺野晃・佐藤正子」とあるので、淺野晃について論じているのは珍しいと思って読んだが、期待外れだった。淺野晃については、恩師である彼の『現代を生きる』の復刊に尽力したときの苦労を書いた後は、それに触発されたと称して文明とは何かとか現代を生きるとは何かとかいった問題を色々と考えるだけで、淺野晃について何か新しい知見が得られるわけではない。他も似たりよったりである。作品を引用してここが良いとか、ここは古典の述べるこの思想を体現しているとか、中国・日本の古典から現代思想まで参照していて幅広いのはわかるが、全体に当たり障りなく無難に過ぎる。大学教授とのことなので著者のファンならば楽しめるのかもしれない。あとがきによると解説を書いている鈴木比佐雄はコールサック社代表で著者とは友人らしくその関係で出たものか。

 まあ、副題に宮澤賢治が出ていることと、「相逢」が禅語であると帯にある時点である程度察するべきだたかもしれない。宮澤賢治を仏教思想で読み解くなんて話はたいてい鬼門でしかないのだ。