DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

マイケル・バー=ゾウハー『ファントム謀略ルート』B、宵町めめ『龍宮町は海の底』B

【最近読んだ本】

マイケル・バー=ゾウハー『ファントム謀略ルート』(広瀬順弘訳、ハヤカワ文庫、1982年、原著1980年) B

 1980年の国際情勢を背景に繰り広げられる大仕掛けなサスペンス小説で、二つの物語が並行して進行する。ひとつはアメリカ大統領候補として強気な石油戦略を打ち出して注目を浴びるジェームズ・ジェファーソンの、選挙運動と彼が対決するOPECとの熾烈な駆け引き。もうひとつはノンフィクション作家クリント・クレイグが追う、ナチス崩壊の時にゲーリングが秘匿したという美術品の行方の物語。その謎に、第二次大戦時代に将校だったジェファーソンがかかわっていたらしいとわかったことで、二つの物語は絡みあって進んでいく。真相を探るクレイグとジェファーソンの娘・ジリアンは何者かによる妨害工作をくぐり抜け、戦時と現代を結ぶ真実へと行き当たることになる――

 ワシントン、パリ、ベルリン、ジュネーブ、メキシコのグアナハトなど世界各地を舞台にサスペンスあり、謎解きありで最後まで面白いが、35年前の事件の調査の進みが順調すぎるところに違和感があった。まあ460ページで話を収束させるためには仕方ないのかなと思って読んでいたら、実はそれも伏線のひとつですべてはジェファーソンを失墜させるためのOPECのお膳立てしたお芝居だったというのが真相で、わかりやすいけど個人的にはあまり感心しなかった。

 むしろキャラクターの魅力で読ませるようなところがある。なかなか仕事をしようとせず、どうせダメだろうと思いながら35年前の事件を調査し始めて、脈ありとみるや俄然やる気を出すクレイグはまあともかく、彼と敵対するジェファーソン――35年前の自分の過去と、父に疑念を抱く娘への愛情、スキャンダルにより崩壊しそうな選挙の行方に苦悩する彼に心情的に肩入れしながら読んでしまう。クライマックスで彼が大統領になることにこだわった理由がこの事件の真相を大統領権限で探るためだったと明かされたときこそが、ジェファーソンという人間のみならずこの物語を完成させる瞬間として秀逸だったと思う。そのほか、死後ミイラになって先祖とともに並んで安置されている男や、善良そのものという顔で出てきながら裏でナチスの秘匿した財宝を隠し持って生きていた男など、個々のエピソードはなかなか良い。クリント・クレイグの存在は、彼ら怪人たちを次々に見せるための狂言回しのような趣もある。

 変人のオンパレードのような作品でありながら、財宝の隠匿にかかわったとされるオットー・ブランドルとミシェル・スコルニコフはあとがきによると実在の人物らしい。あまり詳しくないのでどの程度「もっともらしい」のかはよくわからないが、そのあたり勉強してからいつか読み直してみたい作品である。

 謀略をめぐらすOPEC首脳が戯画的な悪の組織のように描かれるのが、イスラエルの作家であることを考えるとちょっと面白かった。

 

 

宵町めめ『龍宮町は海の底』全2巻(ガムコミックスプラス、2016年~2017年)B

 舞台は海底に広がる巨大な都市・わだつみ市。何の疑問も持たず平和に暮らす人々の中で、ある中学生の少女が外の世界への憧れを抱くようになる。外部からの侵入者に出会ったことで、彼女たちはいつしかその都市の成り立ちにかかわる秘密に迫っていくことになる――

 意外に込み入ってて難しい作品。ディストピアSFとしての構図は終盤で明かされるが、それまでの断片的に出てくる情報が曲者で、物語では普通「真実」を示すはずのフラッシュバックや回想のシーンが、実は少女たちが記憶操作を受けていたことによるフェイクであり、最後にそれが全部ひっくり返される。信用できるはずの描写が信用できないというのが、定石を外していてマンガのテクニックとして面白い。

 「信頼できない語り手」に似た視点からの物語なのでわかりにくいけど、真相をまとめると、地上は伝染病の蔓延により生活できなくなり、非感染者は海底の都市で生きることを余儀なくされている。政府はウィルスへの抗体を生まれつき持つ子どもたちを育て、地上での生活に適応した新人類(というよりは奴隷)として送り込むべく、少女たちを徹底管理のもと育てていた――ということになるのだろうが、都市の他の部分がどうなっているのかよくわからないため、いまいち少女たちの都市における位置づけがわからないところがある。

 ウェブ掲載時はカラーページがあったというが、単行本ではなくなってるのが減点。演出上非常に重要なのだが、kindle版では再現されているのだろうか。あとわだつみ市は海底というよりは海の中を生きるようなイメージなのだと思うが、表紙の印象に比してちょっと画面が暗く見える。

 少女二人の絆が物語の主軸なのだが、中学3年にしてもちょっと子どもっぽいのであまり百合という印象ではない。これは記憶操作を受けているせいという意図的なものなのかはよくわからない。ただ、2巻という短い巻数ながら、最初は活発な友人に引っ張られるままだった内気な女の子が、少しずつ関係性が変化し、友人が傷つき倒れた時に彼女に代わって反逆を起こす勇気を得る、という成長物語はとてもうまいと思った。