DEEP FOREST/幻影の構成

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バグリィのパクリ疑惑

 冒険小説の大家であるデズモンド・バグリィ(1923~1983)に『南海の迷路』(原題Night of Error)という作品がある。

 彼の死後に出版された真の処女作、といういわくつきの作品である。彼は1962年にこれを書き上げたがなぜか出版せず、悪漢たちがナチスの残した金塊の争奪戦を繰り広げる海洋冒険ロマン『ゴールデン・キール』(原題The Golden Keel)で1963年にデビューし、日本でも有名な人気作家となった。

 しかし『南海の迷路』も決してそれに劣るものではなく、なぜ彼がこれを封印していたのかは謎だった――

 のだが、先日判明した。

 パクリだからである。

 バグリィの大先輩の現代冒険小説のパイオニアハモンド・イネス(1913~1998)に、『蒼い氷壁』(原題Blue Ice、原著1948年)という作品がある。先日たまたま読んだのだが、これが驚くほど『南海の迷路』と似ているのである。

 

 その物語は――

 主人公(『蒼い氷壁』では鉱山技師、『南海の迷路』では海洋学者)がある日近しい人物(『蒼い氷壁』では友人、『南海の迷路』では弟)の訃報を受け取ったところから物語が始まる。

 「その人」は、新たな鉱物資源の産地(『蒼い氷壁』では珪トリウム、『南海の迷路』ではマンガン団塊)を発見した直後に謎の死を遂げたらしい。

 主人公はその死の報告に、殺されたのではないかと不審を抱くが、冒険を嫌って最初はかかわらないようにする。

 しかし、鉱物資源の場所を示すサンプルや断片的な地図を知らずに受け取ったために、次々に謎の敵に襲われるようになる。

 自分も既に巻き込まれていることを悟った主人公は、死んだ「その人」の恋人や、同じ目的を持ったライバルや信頼のおける仲間とともに、船乗りとしてその鉱物資源をめぐる陰謀に身を投じていく。

 敵対勢力との熾烈な競争の末、徐々に浮かび上がってくる「その人」の死の真相、そして人物像は驚くべきものであった。

――という、メインプロットが驚くほど共通している。

 そして終盤、「肝心の「その人」が実は生きていて、現れて真相をぶちまけた後、最後に本当に死ぬ」というオチまで同じである。

 こうなると、『蒼い氷壁』の舞台は北欧のフィヨルド、『南海の迷路』の舞台は南太平洋のタヒチやフィジーという対照もわざとらしい。

 

 ここまで似ていれば、バグリィが意識的にイネスのプロットを借りて『南海の迷路』を書いたのは明らかであろう。

 これを書いた当時に出していれば相当な問題になっていただろうが、実際に出した頃までにはイネスが読まれなくなってしまっていたのか、まあもちろん気づいた人もいただろうが、大きな問題にはならずに(ネットでも指摘は見当たらなかった)好評を受けたということになる。

 そしてなんとwikiによると、日本では『ミステリマガジン』における「あなたが選ぶ冒険・スパイ小説ジャンル別ベスト 海洋冒険小説部門」で14位にまで入っている。『南海の迷路』の出版が1986年、ランキングが1992年であるから、決して話題性で評価されたのではなく、内容が好まれたものとみることができる。その盗作するほどのプロットの魅力を考えれば、イネスの功績を横取りした形である。

 

 だからといって、バグリィが非難されるべきではないだろう。

 前にも述べたように、『南海の迷路』は彼の死後発見されて出版されたものであり、彼の意志には反している。バグリィとしてはあくまで習作として、イネスの作品のプロットを借りて書いてみたということなのだろう。彼がそれを死ぬまで隠していたのも肯けるが、廃棄しなかったのはそれなりに愛着もあったものだろうか。

 なにしろイネスはバグリィの後年まで生きているし、バグリィも、自分の死後に勝手に出版されたなどと知ったら青くなったかもしれない。

 両者とも亡くなった今となっては、バグリィが作中でもたびたび表明しているイネスへの尊敬を示す貴重な資料が、ここにもあるというべきだろう。

 

デズモンド・バグリィ『南海の迷路』井坂清訳、ハヤカワ文庫、1986年

ハモンド・イネス『蒼い氷壁』大門一男訳、ハヤカワ文庫、1972年