DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

太田忠司『僕の殺人』B、ジェイ・ベネット『殺し屋によろしく』B

【最近読んだ本】

太田忠司『僕の殺人』(講談社文庫、1993年、単行本1990年)B

 15歳の少年が、10年前の両親の死の謎、そしてその事件で失われた彼自身の記憶の秘密を探っていく。

 青春ミステリ――と呼ぶには、あまりに残酷である。青春ミステリにおいては普通、事件とは通過儀礼であり、時に痛みを伴いつつも、それを経て主人公はアイデンティティを確立させていくものと期待する。

 だが、このミステリにおいては、謎が解き明かされるにつれて、少年は自己のよりどころを次々に無くしていく。アイデンティティは崩壊に向かっていくのだ。そしてすべてが明かされたとき、何もかもを失った彼は、彼とは異なるが深い苦悩をいだいていた人がそばにいたことを知り、束の間の安らぎを得る。

 彼はこのあと現実を受け入れ、自己を確立し、明るい未来を築いていくのだろうか? とてもそうは思えない。彼を取り巻く大人たちは、いずれも何かを得ようとして、何も得ることなく挫折し、死を迎える。それは少年の未来をも暗示するようである。

 人は、人生を棒に振ることがある――ということを初めて教えてくれたのは、三島由紀夫の諸短編だった。三島の場合はそれが滅びの美学と密接に結びついていたが、この作品では世界はただ残酷なものとして現れる。

 

ジェイ・ベネット『殺し屋によろしく』(間山靖子訳、角川文庫、1980年、原著1976年)B

 これまた、陰鬱な青春ミステリである。主人公は大学生だが、やや幼く感じた。

「殺し屋によろしく」は、ある日突然身に覚えもなく殺し屋に狙われることになった青年の話、「黒いコートの秘密」は、ベトナム戦争で戦死した兄が遺した「なにか」をめぐる争いに弟が巻き込まれる話で、それぞれにミステリアスな出だしではある。

 しかしストーリーの大部分は、覚えもないのに巻き込まれた主人公の、わけがわからないままの彷徨が占めており、閉塞感がこちらにも移ってくる。誰にも悩みを打ち明けられないから、ガールフレンドと喧嘩してしまったりもして、ひどくいたたまれない。

 そして最後も、なにか救いがあるわけではない。いずれも自分が悪いわけでもないのに巻き込まれたことがわかり、しかも逃げることは許されない。ただ残酷な世界を受け入れ、そこから逃げずに、非情にさえなって生きていくことを決意する、という終わりである。

 昔読んだウィリアム・コーレットの『月の裏側』なども、同じ頃に書かれた、ミステリ仕立てで陰鬱な青春小説であった。これらの作品には恐らくベトナム戦争後の世相、実存主義の流行が背景にあるのだと思うが、それが『僕の殺人』にも通底するメッセージを発しているのは面白いところである。