DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

豊島ミホ『夜の朝顔』B、ドナルド・E・ウエストレーク『悪党たちのジャムセッション』A

【最近読んだ本】

豊島ミホ『夜の朝顔』(集英社文庫、2009年、単行本2006年)B

 ある地方都市(作者の出身を考えると秋田だろうか)に住む女の子・センリを主人公に、小学1年生から6年生までに出会ったいくつかの小さな「事件」を描く連作短編集。

 「事件」というのは、多くは人間の悪意に触れる瞬間に絞られている。それは親戚だったり、先生だったり、親だったり、友達だったり、はたまたセンリ自身だったりするが、それらを通して、センリのやや大人びた視点から、子どもの社会の複雑さといったものが現れてきて、なんとなく自分にも覚えがある気にさせられる。

 体の弱い妹への苛立ち、クラスのややニブい子への意地悪、バレンタインを前に牽制しあう女の子たちの駆け引きなど、マンガでは軽く扱われるようなネタを別の側面から見直すようなコンセプトのものが多いが、中で印象に残ったのは、「5月の虫歯」だった。

 虫歯の治療のために隣町の歯医者に行ったセンリが、公園でひとりの女の子に会う。彼女は、母親がフィリピンの歌手だと言い、東京に憧れを抱き、将来は歌手になると語る。そんな彼女にセンリは惹かれるが、別の子どもから彼女が貧乏な家の嘘つきだと教えられる。それを知ったうえで知らないふりをして女の子に会い続けるが、センリの両親は彼女が虐待に遭っていることを見抜いて、児童相談所へ連絡し、センリの前から去る。

 フィリピン・よその学校・東京という「異文化」、そこで繰り広げられる複雑な友人関係、それらを飲み込んでいく大人の社会のルールといった多層性が、センリの目を通して鮮烈に現れてくる。

 一貫してセンリの視点から世界を描いているので、ことの真相やその後どうなったのかがわからないなど、必ずしもすっきりしない終わり方の話が多い。しかしそのもやもやをとっかかりとして、読者自身の子ども時代に出会った事件にもつい思いを馳せてしまう、(必ずしも良い記憶ではないものの)ノスタルジーにあふれる佳品である。

 

ドナルド・E・ウエストレーク『悪党たちのジャムセッション』(沢川進訳、角川文庫、1983年、原著1977年)A

 この作家を初めて読んだが、こんなに面白いとは知らなかった。泥棒・ドートマンダーとその一味のドタバタ劇を描いたシリーズの第四作だそうで、保険金詐欺を目的とした名画の偽装盗難が本作のテーマである。

 考えてみればピカレスクというものは厄介で、あまりうまくいかないとつまらないし、うまくいきすぎても悪の礼賛になって良くないわけで、そのバランスが難しい。たとえばルパン三世は盗む相手を悪人にしたり盗みをロマンスに置き換えたりして「正当化」しているが、ドートマンダーシリーズでは、全員小悪党でそんなものは望みようがない。その代わり、盗み自体はうまくいくのだが、その後二転三転してお金は手に入らない、といったあたりでバランスをとっているようである。

 この盗みの成功 → 思わぬアクシデントで窮地に → 持ち前の頭脳でなんとか切り抜ける → 再び窮地に、という構造がミクロなエピソードからマクロな物語まで全体を支配しており、このテンポがすごくうまくて、映像まで目に浮かぶ。映画化していないのが不思議なくらいである。

 惜しむらくはシリーズものなのでどうせメインキャラは死なないんだろうということがわかっていることで……シリーズを読んでいく内に何か変化があるのか、これから読んでいきたい。