DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

神坂次郎『秘伝洩らすべし』B、ジェイムズ・デラーギー『55』B

【最近読んだ本】

神坂次郎『秘伝洩らすべし』(河出文庫、1986年)B

 薄くて読みやすいが、クセの強い短編集である。

 神坂の代表作である『元禄御畳奉行の日記』は、実在の日記を読み解くことではなやかな元禄時代の陰の部分をあばきだしてみせたが、本書でえがかれる江戸時代も、繁栄の裏で平然と差別のまかりとおる非情な世界である。金持ちは貧乏人を見くだし、武士は町人を見くだし、ヤクザは乞食を見くだし、それを疑問に思うこともない。その中で見くだされてきた者が、ある瞬間にとんでもない逆襲をしてみせるところに妙味がある。

 とはいえ読んだときはやや疲れていたせいか、それとも悪人たちもそれなりに愛嬌があるせいか、手放しで爽快なものではなかった。その意味ではちょっとクセが強いのである。その中では最初の、乞食の歌にあわせて踊る芋虫とそれを奪って金もうけをしようとするヤクザの話が、人間の欲をこえた仙人や動物の境地をかいま見せて良かっただろうか。ほかは空を飛ぶ木馬や他人の秘密をあばく超能力など、アイデアは面白いもののせせこましい人間の欲をみせて食傷気味になる。

 表紙はモンキー・パンチ。不敵な面構えが内容に合っている。

 

ジェイムズ・デラーギー『55』(田畑あや子訳、ハヤカワ文庫、2019年、原著同年)B

 舞台は2012年11月、オーストラリア西部の小さな町。平和なその町に、ある日ふたりの男が現れる。彼らは連続殺人鬼に監禁されていたのを命からがら逃げだしてきたと、まったく同じことを訴え、互いをその殺人鬼その人だと名指しする。いったいウソをついているのはどちらか? ――という、ややひねりすぎたような発端である。

 事件に立ち向かうのは、この町の巡査部長と、本部から派遣されてきたエリートの警部補。しかし元は親友だったというこの二人は、ことあるごとに反目しあう。命令をどちらが出すか、憂鬱な記者会見をどちらがやるか、雑用をどちらがやるかといったことで対立し、互いの推理や捜査に文句をつけて足をひっぱりあうのだ。見方によってはこの対立が、事件を悲劇に追いこんでいく。

 新本格を読みなれていると、このアイデア一発で500ページ近くひっぱるのかと期待してしまうが、この謎自体は半分くらいで解決し、それ以降は正体を現した殺人鬼と捜査陣の対決を描くサイコサスペンスに移行する。デビュー作というのは誰でもとかく詰めこみするきらいがあるが、本作も前半と後半でジャンルがガラッと変わるところに賛否ありそうで、その中で変わらず反目し続ける主人公ふたりが物語のトーンを支配している。

(以下ネタバレ)

 アイデアは部分的にはどこかで見たような話である。主人公自身が知らないところで事件の発生にかかわっていたという真相はロス・マクドナルドの『運命』を思い出すし、捜査陣の家族が巻きこまれて悲劇的な結末を迎えるのは貫井徳郎の『慟哭』を想起する。しかし、ストーリーにともない主人公のみならず登場人物を「自分ではどうにもならない現状」に追いこんでいくさまは悪趣味なほどで、その閉塞感や焦燥感が本作の持ち味といえるだろう。

 なお、ネットの評判ではラストについては解釈がわかれているようだが、個人的には「間に合わなかった」ということで特に疑問はおぼえなかった。事件は二人の和解をもたらしたものの、取返しのつかない不幸も与えたということこそ、この作者らしい結末であろう。