DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

塚本青史『仲達』B-、パトリシア・カーロン『行きどまり』B

【最近読んだ本】

塚本青史『仲達』(角川文庫、2012年、単行本2009年)B-

 司馬懿仲達が主人公という珍しい小説。司馬懿ははたらきが大きい割に、前面に出てくるのがやや遅いのと、諸葛亮の人気のせいか、不遇な人である。本作は曹操の死の直後からはじまり、世間の評判に流されずに政争を制したあとの司馬懿の死までを扱うが、基本的には戦争に出ないため、宮廷闘争が主になって全体に地味で陰湿である。

 久しぶりに塚本青史を読んだがやはり苦痛であった。どうも塚本青史は、書いている内容が高度な割に、文体はエンタメ小説であるというところが、どうしてもかみ合っていないように思える。会話を多用して要領よく話を進めてはいるのだが、ストーリーが起伏に乏しいために、結局は時代情勢の説明を延々と読むような形になってしまう。途中で退屈になってしまうのである。何度挑戦してもそうであった。

 しかし、『霍去病』以来、塚本青史という人は、史料に忠実な小説の書き手であると思って、我慢して読んでいたのだが、実際のところどうなのだろうか。本作も『始皇帝』などと同じく麻薬がキーアイテムとして登場するという点でワンパターンだし、徐庶が妙に活躍するのも変である。徐庶は、劉備諸葛亮を推挙した人として知られるが、選ばれなかったホウ統が恨んで徐庶の母を曹操の人質にし、徐庶はその復讐のためホウ統を暗殺して魏に行った、と、本作ではそうなっている。オリジナルストーリーにしても、いまいち意義がわからなかった(後の展開にもかかわるが、それは別の人でも良かっただろう)し、実はそういう説でもあるのか、よくわからない。ストーリーを犠牲にして、正確な情報を伝えようとしているのかとも思っていたのだが……

 

パトリシア・カーロン『行きどまり』(汀一弘訳、扶桑社ミステリー、2000年、原著1964年)B

 ある少年が恐ろしい殺人現場を目撃するが、ウソつきと評判の彼はだれにも信じてもらえず、ただひとりそれを真実と知る犯人にねらわれてしまう――という話は、『小さな目撃者』(Wikipediaによると、原作はマーク・ヘブデン、1966年。カーロンのほうが早い!)をはじめいくつも書かれているだろうが、やはりプロットして、どうやってもおもしろくなる「強さ」があると思う。

 本作の場合、真犯人が事件の発覚をおそれるあまり、ほぼ自滅に近い行動をとりつづけるにもかかわらず、大人たちがなかなか真相に気づかないところがサスペンスになっている。江戸川コナンがなんにでも事件をかぎつけるのとは逆に、少年が言っていることをウソと考えるための手段を、あの手この手で考えるのだ。

 主人公だけは犯人がわかっているのに周りはいっこうに気づかない、というシチュエーションは『ささやく壁』でも使われたものであり、作者お得意といったところか。最後はややご都合主義に終わるのも同じだが、ここまでの目にあったならまあ良いのではないかと思うところも一緒である。

 しかしオーストラリアならではというべきか、読んでいると戦時中の日本軍の捕虜収容所の話がストーリーに思わぬところで暗い影をおとしていて驚いた。日本人として身につまされるところであり、ある意味日本人が読むべきサスペンスといえるのかもしれない。