DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

三好徹『政商伝』A、童門冬二『冬の火花 上田秋成とその妻』B

【最近読んだ本】

三好徹『政商伝』(講談社文庫、1996年、単行本1993年)A

 あまり知られていないが、三好徹は歴史小説の名手である。史料を丹念に読みこみ、自身の見解も交えながら、小説としても面白く仕上げてみせる。なにより、比較的短いのが良い。やはり小説として面白くしようとすると、フィクション部分をふくらませて不要に厚くなってしまうことが多いが、三好徹の場合はフィクション部分も史実に材を採って、無駄なく主人公の人柄を伝えようとしている。

 本書は明治期に政府とかかわりを持った商人たちが主人公という珍しい短編集で、三野村利左衛門、五代友厚岩崎弥太郎大倉喜八郎古河市兵衛、中野梧一といった面々。それぞれ小栗上野介高杉晋作坂本龍馬孫文渋沢栄一榎本武揚といった歴史上の偉人たちとのかかわりから導入されるので、時代背景も理解できて読みやすい。

 ただやはり短編集なので、生涯の一時期にスポットを当てるというものが多い。ちょうど『青天を衝け』に三野村利左衛門が曲者っぽく出てきたので読んでみたのだが、主に幕末の小栗とのかかわりが多く描かれて、その後に渋沢とどう関わるかはよくわからなかった。レファレンスとしては向かないが、入門としては最適な作家であると思う。

 

童門冬二『冬の火花 上田秋成とその妻』(講談社文庫、1998年(書き下ろし))B

 上田秋成が寛政6年(1794年)、60歳のときに、30年以上連れ添った妻のたまと京都の東山に小庵に移り住んだ頃を描いた小説なのだが、読んでみると、これは江戸時代の歴史小説というより、昭和の家庭小説である。さしずめ、定年を迎えてずっと家にいるようになった夫と、従順についてきたのを突然反旗を翻した妻、といったところ。普通ならこんな話は最初から読まないのだが、上田秋成というガジェットをもってまんまと読まされた感がある。

 そんな風だから、読み始めてそうそう、転居するなり妻は、部屋を真ん中で二つに仕切って、今度からは自分のことは自分でやってください、と宣言する。そうして、あなたは私のことを全然わかっていない、と言って泣き出す。秋成は秋成で、見た目は不機嫌にむっつりしているが、内心はおろおろしている。

 そんな二人を、近所の友人よろしく当時の名だたる文人たちが訪れる。秋成は、自分を訪れた若者に、こいつは自分にも本居宣長にもいい顔をしている、と怒りを覚えたり、伴蒿蹊の『近世畸人伝』に自分も入れてほしくて悩んだりと、俗っぽいところを見せる。そんなこんなで、多少の波乱を含みつつも、夫婦の日々は続いていく。

 そんな家庭小説的なエピソードを織り交ぜて、自然に秋成の生涯が頭に入ってくるあたりはさすがである。最後は妻との死別で終わって、タイトルもあいまって寂しさが残る。

 巻末には童門冬二の著作リストが載っていて便利――と思ったら、もはや98年の著作リストなど、作品数を考えるとまったく役には立たないのであった。