DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

飯田譲治『NIGHT HEAD2041(上・下)』B、アンドレアス・グルーバー『黒のクイーン』B

【最近読んだ本】

飯田譲治『NIGHT HEAD2041(上・下)』(講談社タイガ、2021年)B

 1992年~1993年に放映され、豊川悦司武田真治の主演でカルト的な人気を博したドラマ『NIGHT HEAD』のリメイク作品。原作者自身によるノベライズで、先行して放映されているアニメの語りきれない心情や背景を補うものになっている。

 しかし、わざわざ30年ちかくを経て再びアニメを作った意味はあったのか、どうか。舞台となっている未来社会は、宗教や超能力といった概念がタブーになり、口に出すことすら国家によって規制されている(『AKIRA』が禁書として出てくる)、奇妙な管理社会である。これが、作者の意図に反して、読んでいてまったくリアリティを感じず、物語の世界に入りこむのに時間がかかった。また、ミラクルミックなど、旧作の設定を引きついだキャラも多数登場するものの、双海翔子が神秘的な雰囲気が薄れてツインテールの見た目は普通の女の子になっていたり、奥原晶子が見た目通りのおばあさんになっていたり(旧作では本当は若いが能力を使ったことで老化が進んでいる)と微妙に違うのも、やや気に障るところである。直人といえば豊川悦司の顔が浮かぶので、眼鏡をかけているのもなにか違和感がある。

 とはいえ、終盤の迫力はやはり飯田譲治の本領発揮というところである。考えてみれば、飯田譲治の作品は、精神世界をめぐる考察以上に、追い込まれた人間の心理やふとしたところでのぞかせる普通の人間の悪意といった要素に特色があったように思う。旧作は一話完結のロードムービー型の構成だったため、一話ごとに「クライマックス」が見られたが、今作は長編になったことで、クライマックスは終盤に持ちこされることになってしまった。正直なところ、中心となる兄弟のドラマよりも、翻弄される周囲の人間たちのドラマこそが、読みどころなのではあるまいか。

 とはいえやはり現代において『NIGHT HEAD』を再構築するのは限界を感じる。宮台真司が『終わりなき日常を生きろ』で引用したように、旧作のドラマは、「何かが変わろうとしている」という90年代の気分をいわば借景のようにして利用し、超能力者の兄弟の物語が大きな時代の流れの中にあるということを読者に感じさせる力をもっていた。作者はまだその「気分」を維持しているようだが、社会の大部分からそれが失われた(と思われる)今では、我々の物語として受け入れることは難しいだろう。

 

アンドレアス・グルーバー『黒のクイーン』(酒寄進一訳、創元推理文庫、2014年、原著2007年)B

 主人公はウィーンの保険調査員ペーター・ホガート。ある腕利きの調査員が、とある高名な絵画が焼失したという事件の真相を追ってプラハに行き、同地で失踪する。それを追って、彼もまたプラハに赴く――という発端で、地道な聞きこみから始まる。これで、足を使って解決する地味なミステリを期待していたら、80ページほど読むと急展開して、運と閃きがものをいうアクション満載のサイコサスペンスに様変わりする。決してつまらなくはないが、この落差はちょっと戸惑う。

(以下ネタバレ)

 サイコサスペンスとしては、二重人格、幼児期のトラウマ、街をゲーム盤に見立てたチェスなど、幻想の街プラハという舞台もあいまってスタンダードな要素がてんこもりだが、2007年の小説としてはやや古い気もした。それにどうも、重厚にみせて活劇調なのも気になる。かなり最初のほうで、ヒロインとなる女性探偵の家で、何者かの襲撃を受けて、火炎瓶を投げこまれ、命からがら脱出したところを銃撃されるという、割と派手なシーンがあって、ここから一気に雰囲気が変わる。しかし、こんなテロまがいの事件があったら街全体が非常事態になりそうなものだが、そうなるわけでもなく、マスコミに追われるでもなく、主人公と二人は捜査を続行する。この辺、勢いに任せて話を進めている感じで、こんなことをしている場合なのだろうか、という疑念はずっとつきまとった。わからないといえば、これはチェスのルールを知らないせいかもしれないが、なぜ古い棋譜の再現にやたらこだわるのかもよくわからなかった。

 とはいえラストの立ち並ぶ倉庫での犯人と主人公たちの対決は、これもよく見る舞台設定ではあるが迫力がある。虐待への復讐というテーマは海外ミステリでは時に倫理をも無視する凄まじい勢いがあり、社会における根深さを垣間見せてくれる。

 主人公はやや皮肉っぽさが鼻につくが、どんな事態にも落ち着いて対処する冷静さがあって良かった。他のシリーズも読みたいのだが、訳されていないらしい。