ドミニク・ラピエール、ラリー・コリンズ『パリは燃えているか?(上・下)』A、エーネ・リール『樹脂』B

【最近読んだ本】

ドミニク・ラピエールラリー・コリンズパリは燃えているか?(上・下)』(志摩隆訳、ハヤカワ文庫、1977年、原著1965年)A

 ナチスによる4年に及ぶパリ占領からの解放を描いた、ノンフィクションの歴史的傑作である。ナチスフランス軍レジスタンス、パリ市民と、あらゆる視点から、当時の関係者へのインタビューに基づきパリ解放という「歴史的事件」を描き出す。その叙述は、数ページごとにどんどん主人公がめまぐるしくかわって進んでいくという恐るべきものであるが、「ナチスからのパリ解放」という大目的がはっきりしているためか、意外に読みやすい。

 パリ解放といっても連合国軍側も決して一枚岩ではなく、解放後の主導権をめぐってドゴールや共産党レジスタンスの先陣争いがあった――というのは知っていたが、そのあたりの駆け引きが微細に描かれる。そもそも連合国軍としては、パリを解放するとその後の必要な食料や燃料が膨大なものになるので、素通りしたがっていたのを必死の交渉でパリに向かわせたとか、連合国軍よりもヒトラーの送った援軍が先についていたらコルティッツ率いるパリの占領軍も降伏せず戦わざるをえなかったとか……パリが廃墟になりえた可能性は実はいくつもあって、それが偶然によってことごとく回避されたところにパリ解放があったという、読み終えてみると歴史の不思議さを思い知らされる。

 終盤は、パリ解放を目前に何人もの兵士やレジスタンスや一般人が無情にも次々に倒れていく。それが想像ではなく、生き残った人々の目撃証言に基づいているところに、事実の重みというものが迫ってくる。新版では沢木耕太郎が「現代ノンフィクションにおける叙述スタイルの革命は、この著者の、この作品から始まったのだ」と述べているようだが、確かにこの規模の作品は後にも先にもそうそうないものだろう。この作者の他の著書も読みたいものであるが、プレミアがついていてなかなか入手困難らしいのが残念である。

 

エーネ・リール『樹脂』(枇谷玲子訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2017年、原著2015年)B

 変な小説である。一応北欧ミステリとして、北欧の「ガラスの鍵」賞を受賞した作品であるが、ミステリであるというよりはノンフィクションやドキュメンタリーに近い。

 中心にいるのはひとつの家族である。ある町の外れにある、細い道でつながった離れ小島にその家族だけで住んでいる。町の人間とはほとんど交渉がない。

 読んでいると、ロシア帝国の時代から文明から離れて生きてきた一族を描いた『アガーフィアの森』を想起させるが、そこまで隔絶されているわけではない。町の人の機械の修理などを請け負って、自宅の農園で肉や野菜を手に入れてはいるが、それだけでは足りず、深夜に町に入りこみ、民家に忍び込んで食料や日用品を盗み出したりしている。そんな風にして、おそらく何代にもわたって暮らしてきた家族。それゆえに、死と生に関して特殊な価値観をもち、

 しかし現代においてはそのような生活がいつまでも続くわけはなく、外部からのささいな干渉が、やがて崩壊へとつながっていくことになる。(以下ネタバレ)

 正直、ミステリ的な部分にはさほど感興を覚えない。死んだ家族を樹脂でかためて保存するというネタは、過去に類例をみたことがあるし、特異な価値観の家族の中で育った子どもの純粋さや残酷さというモチーフも、道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』のほうがよほど鮮烈であったと思う。

 しかし、読み終えたとき、一つの家族の歴史がこれで終わったのだ、という感慨があった。良い悪いは別にして、現代の文明が、昔ながらの文化を否応なしに一方的に吞み込んでいく、これはそういう物語である。その変化に適応できない人間は、適応した風を装うか、消えていくしかない。ひとつの寓話として読むべき作品であると思った。