DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

佐々木俊尚『「当事者」の時代』A、フランク・ティリエ『シンドロームE(上・下)』B

【最近読んだ本】

佐々木俊尚『「当事者」の時代』(光文社新書、2012年)A

 ツイッターでの議論が「マウントの取り合い」と揶揄されるように、人は往々にして、議論のときはまず自分を優位において、安全圏から一方的に意見してやろうとするものである。本書はそういった思考構造を「マイノリティ憑依」と呼び、戦後の左翼系知識人にその源流を見出す。

 それは自身をなにかの被害者であると規定したり、逆に加害者であるがそれを自覚しているという点で自分は一歩進んでいると主張したりと様々だが、常に自身を(実態がどうかはともかく)迫害されるアウトサイダーの立場におく。実のところそういった思考形式は、戦後日本のみならず、歴史上さまざまなところで見られるはずのものであり(有名な例ではデカブリストなどがそうだろう)、その根源を左翼系知識人に帰するのは少々無理があるように思える。

 しかし、その議論のために、小田実津村喬太田龍本多勝一など、最近では著書に触れるのも難しいような人々を紹介しているという点で、とても貴重な本である。ここは無類に面白いのだ。まさか彼らの名前を新書で目にすることになるとは思わなかった。

 

フランク・ティリエ『シンドロームE(上・下)』(平岡敦訳、ハヤカワ文庫、2011年、原著2010年)B

 とある映画コレクターが急死し、遺されたコレクションが売りに出された。そこへあるコレクターがいちはやく駆けつけて、正体不明の短編映画のフィルムを買い取る。わくわくしながらその映画を再生した彼は、突如として失明してしまう。

 この事件を発端に、その映画の分析から浮かびあがる、とあるカルト映画監督にまつわる悲劇、その映画のフィルムをめぐり巻き起こる闘争、そして現在進行中の連続殺人事件が絡み合い、「シンドロームE」をキーワードに現代史の巨大な闇が暴かれていく。

 サブリミナル効果や集団ヒステリーなど、やや古い精神医学的なネタが駆使され、幻覚に悩まされる精神的に不安定な主人公もあいまって、人間の精神のバランスの危うさというものを印象付ける作品になっている。

(以下ネタバレ)

 惜しい作品である。鈴木光司の『リング』(1991年)を想起させる導入にはじまり、催眠やサブリミナル効果のような心理学的な道具立てを巧みに使うストーリー展開は松岡圭祐の『催眠』(1997年)のようであるし、事件を追ううちに現代史の暗部が浮かびあがってくるところは浦沢直樹の『MONSTER』(1994-2001年)のようであり、明かされるシンドロームEの正体は、人間の内部に潜む暴力衝動を解放するプロジェクトということで、伊藤計劃の『虐殺器官』(2007年)を思い出させる。

 面白いのだが、常に何らかの先行作がちらついてしまうのである。これさえなければ傑作であったと思うのだが。

 本作は、二つのシリーズの主人公がそれぞれに悲劇的な事件を経て出会い、タッグを組むというファンサービス的なもので(この辺も松岡圭祐のようだ)、このあともシリーズはどんどん続いていくようなのだが、日本で訳されているのはこのあとの『GATACA』までで、それ以降のシリーズは未訳、調べてみたが英訳もないらしい。サブリミナル効果を大真面目に扱うなど、ややトンデモっぽいのがウケなかったのかもしれない。

 しかし読み飛ばしたのかもしれないが、失明した男は結局どうなったのだろうか?カウンセリングを受ければ見えるようになるものなのだろうか?