DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

若竹七海『依頼人は死んだ』B、長谷川卓『もののふ戦記 小者・半助の戦い』A

【最近読んだ本】

若竹七海依頼人は死んだ』(文春文庫、2003年、単行本2000年)B

 若竹七海は20年くらい前に『火天風神』を読んだことがあって、若者ゆえの痛々しさが嵐に遭難して次々にあらわになっていく、その残酷さにショックを受けて、ずっと敬遠していたのだが、今回なんとなく手に取ってみた。

 作者の代表作「葉村晶シリーズ」の短編集だが、これは比較的楽しんで読めた。人間の悪意といっても、自分が苦手なのは平凡な人間が平凡さゆえに悲劇を招くような話であり、ここで描かれるのは、なにかしら異常を抱えて生きてきた人間がふとしたことでそれを表に出してしまう、そういうイヤさである。本物の悪魔らしきものが出て来るのも、人間のひとつの側面というより、純粋な悪意というものを描きたいという表れではなかろうか。

 それでも十分イヤな話ではあるのだが、それを救っているのが、淡々とした語り手である。本人もそうとうな過去を背負っているのだが、語りの上では冷静さを失わない(しかし実際がどうなのか「アヴェ・マリア」で垣間見えたりする)ので、読む側は割と平静に受けとめられるように思われる。

 印象にのこったのはやはり最初の、有名人が何者かに常軌を逸したいやがらせを受け続ける話。ネットの炎上を連想させるところもあって、いろいろな語り口がありそうだ。

 

長谷川卓『もののふ戦記 小者・半助の戦い』(ハルキ文庫、2017年)A

 武田信玄がまだ武田晴信だった天文19年(1550年)、村上義清に大敗を喫した砥石崩れのいくさを題材に、武田方の一兵卒として従軍した男の物語。単に戦国のいくさの敗走を扱うなら、関ヶ原とか桶狭間とかもっとメジャーなものがあったと思うが、なにかゆかりがあったのかもしれない。

 従軍したとはいっても、総大将の武田晴信のもと、有名な武田二十四将のひとりである横田備中という者がいて、その直属の家臣6名のひとりである西島久衛門、さらにそのたくさんの家臣のなかで末席の雨宮佐兵衛(36歳)、そしてその従者の半助(62歳)。中心にくるのが、この半助と佐兵衛である。なにしろ足軽に過ぎないので、馬もなく徒歩でついていくような者たちである。こんな立場から描かれた歴史小説というのは珍しい。

 前半はいくさの準備から実際の行軍、食糧事情や城攻めなどが豆知識的にこまごまと描かれ、後半は村上軍の追撃を受けながら命がけの退却が繰り広げられる。落ち武者狩りや捕虜の虐殺の恐怖にさらされながら、あるときは戦い、あるときは命乞いをし、あるときは助け合い、あるときは裏切りとあらゆる手段をつかい、生き残りを目指す。

 最初は正直、東郷隆の本(参考文献にもあげられている)の引き写しではないか、と侮っていたが、怪我をした主人の佐兵衛を助けながら必死に駆ける半助にはつい応援の気持ちがわきあがる。最後、雲の上の存在である総大将に彼らの存在が認められるのは感動的である。

 長谷川卓(1949~2020)は全然知らなかったが、キャリアの長い作家のようである。シリーズものが多く、本作はWikipediaには入っていない。こんなところに佳品がみつかるのだから、侮れないものである。