DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

清水義範『グローイング・ダウン』A、あさのあつこ『晩夏のプレイボール』B+

【最近読んだ本】

清水義範『グローイング・ダウン』(講談社文庫、1989年、単行本1986年)A

 清水義範の、比較的初期の短編集。同人活動を経て単行本デビューが1977年で、本書に収録の短編は1982年~1986年あたりに書かれている。1986年に『蕎麦ときしめん』、1987年に『国語入試問題必勝法』、1988年に『永遠のジャック&ベティ』が刊行されているところを見ると、清水の本領であるパスティーシュ小説に本格的に取り組むようになる直前にあたる。

 で、これがすごく面白かった。たとえば表題作は、一日自体は普通に進むのだが、一日が経つと前の日になっているという、時間退行がおこった世界の話である。話は小難しい理屈は抜きで、その世界の人々の心情を中心に描いているのがとても良い。今だったら変にルールが厳格だったり理由付けが緻密だったりして、それは面白いのだが息苦しさも感じていたのを、これを読んでいて思い知らされた。

 特に、冥王星探検隊の一員として参加し、他のメンバーが全員死亡した状況で何年も救助を待つことになった男の話「ひとりで宇宙に」など、途中から息苦しくて仕方なく、SFホラーの歴史的名作といえるだろう。この方面で活躍していたら、本格SF界にゆるぎない傑作が生まれたのではないかとさえ思う。

 とはいえ学術書の体裁で日本国憲法を奇妙な価値観で読み解く短編があったり、ぼけた老人の内面から世界を描く短編があったり、清水義範おなじみの作風は既に見えている。清水義範の作家人生を見渡す上では欠かせない一冊であろう。

 

あさのあつこ『晩夏のプレイボール』(角川文庫、2010年、単行本2007年)B+

 なかなか読むのがツラい短編集である。いずれも野球――というより甲子園――を中心テーマとして、甲子園に出た者、出られなかった者、さまざまな年齢や立場の人間模様が描かれる。ひとつひとつの物語が、他の人には代わりようのない、それぞれの人生の重みをもっていて、痛みにちかい余韻を残す。それを何作も読まされるのだから、一気読みするには結構ツラかったのである。しかし途中でやめさせない力がある。

 短編集だから、勝負の行方がわからないまま終わったり、事件の背景になる事情がわからないものがあったりして、長編の萌芽のようなものが見えるようなものが多い。実際、本書の短編から長編になった作品もあるようである。

 印象にのこったのは、だれよりも野球が好きで得意だったのに、女の子だからという理由で中学からは野球を諦めなければならないことを知った女の子の物語「驟雨の後に」、甲子園にあこがれた息子を幼くして喪った夫婦の物語「空が見える」あたり。とりかえしのつかないことへの喪失感を描くのがうまい。