DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

吉川英治『源頼朝』B、桜田晋也『尼将軍 北条政子1 頼朝篇』B

【最近読んだ本】

吉川英治源頼朝』(全2巻、吉川英治歴史時代文庫、1990年、単行本1940~1941年)B

 吉川英治が『新・平家物語』(1950~1957)に先だって書かれた、源頼朝を主人公とする作品。新平家に対しての影の薄さはどういうことかと思ったら、源義朝の敗走から始まって挙兵するまでに1巻を費やし、その後は駆け足になり、壇ノ浦の後、頼朝と義経が決裂したところで終わっている。とはいえ、主人公らしくさわやかな好男子として描かれる頼朝はともかく、兄をけなげに慕いながら冷たくされる義経、自己宣伝が下手なあまり世間から孤立していく平清盛――など、吉川英治の人物評がさまざまに垣間見えて面白い。自分が楽しければみんなも楽しかろうと急に思い立って一族総出で福原に行こうとするのを、みんな迷惑顔で、それを薄々わかっていながら強いて振り払う清盛などが頼朝そっちのけで人間らしく描かれるのは、吉川英治の清盛への思い入れがかなり強く感じられ、『新・平家』への準備段階として重要な作品だろう。

 昔の作品とはいえ、平清盛が水が沸騰するほどの熱が出たくだりなど非合理的なものは「そういう噂が都にある」と処理するなどの合理性もあり、今でも十分に読める。

 

桜田晋也『尼将軍 北条政子1 頼朝篇』(角川文庫、1993年、単行本1991年)B

 このタイトルだから、北条政子と頼朝の出会いから始まるのかと思っていたのが、1192年から始まる。壇ノ浦から7年、義経の死から3年、そして後白河法皇崩御し、ついに頼朝が征夷大将軍となったところから物語が始まる。

 プロフィールによると著者は評論から出発したらしく、実際そんな感じで、新書で鎌倉幕府の評論を読んでいるような気になる。半分以上は著者の批評なのではないか。その合間に、頼朝と政子を中心に、かなり陰険な政治闘争が描かれる。平清盛ですら頼朝を助命するような寛大さがあったのに頼朝をはじめ鎌倉幕府の政治闘争にはそういうことがない、などと非難しているあたり、49年生まれの著者としては学生運動などへの批判も多少意識しているのかもしれない。

 なんとか流刑の赦免を求めて北条家に取り入ろうとした頼朝は、しかし妹を押しのけて恋人に名乗り出た政子によって、逆に乗っ取られていく。この政子が、100ページくらい読まないと出てこず、しかも疑い深く、嫉妬深く、独占欲も強いという厄介なキャラとして描かれ、出て来るとヒステリックに喋りまくって閉口する。彼女はついには時政と結託して曽我兄弟をそそのかすなどして頼朝を死に追いやり、落馬しての死の直前に頼朝はそれを悟るが、それを頼家に伝えることもできないまま死ぬ。曽我兄弟を初め、大姫と木曾義高など、巻きこまれて不幸のうちに死んでいくものたちこそ哀れである。

 本作は全4巻で、北条政子の一生と、鎌倉将軍家の盛衰を描く大作である。1巻は頼朝篇、2巻頼家篇、3巻実朝篇、4巻承久大乱篇とつづき、『鎌倉殿の13人』の影響もあってか、復刊はしないものの、アマゾンで多少高値がついているようである。なんとか読んではみたいものの、北条政子がこの性格で最後まで押し通すのではだいぶつらそうだ。