機本伸司『メシアの処方箋』A、邦光史郎『源九郎義経』B

【最近読んだ本】

機本伸司『メシアの処方箋』(ハルキ文庫、2007年、単行本2004年)A

 SFというジャンルのひとつの極北と言えるかもしれない。

 「技術的に可能だからやる」というSFのひとつの原則をつきつめた、読者をも置いてきぼりの思考実験小説である。

(以下ネタバレ)

 ヒマラヤの氷河湖の中から古代の「方舟らしき構造物」が発見されるという伝奇SF系の出だしから、中から発見された木簡を解読して「これは「神」のDNAデータなのでは?」ということが判明するまで知的な雰囲気で読ませるが、そこから一気に「ではそのDNAを持った生物をつくろう」となって、代理母を募集し、読者おいてきぼりで生命倫理無視のデザイナーチャイルド作成プロジェクトが進行していく。やがて生まれた子どもは観音像のような複数の腕をもち、不思議な力で周囲にいる人々を癒していくが、その子どもを狙って各国の組織が暗闘をはじめる。

 90年代に書かれていれば、スピリチュアルな人類進化のビジョンまで行っただろうが、その夢から覚めたゼロ年代において、こういう物語を書くことの難しさを感じさせる、意外に常識的な終わり方を見せる。やっていることはめちゃくちゃであったかもしれないが、読後感はけして悪くない。

 解説は中村桂子。ごく普通のあらすじ解説にとどまっており、もっとSFの歴史から語れるようなものが読みたかったものである。

 

邦光史郎『源九郎義経』(上下巻、徳間文庫、1986年、単行本1980年)B

 上下巻、ほぼ1000ページの堂々たる大長編である。さぞ源平合戦の模様が微に入り細を穿って描かれているのかと思いきや、そうではない。上巻の終わりでようやく頼朝と義経が再会し、義経の伝説的な活躍はその後である。連載は9年かかったというが、つまり5年目くらいでようやく人が期待する「義経」らしくなってきたわけで、連載で追っていた人は大変だっただろう。

 では上巻ではなにが書かれているのかというと、そもそもの頼朝兄弟の運命の出発点である、平清盛源義朝信西たちの戦い、そしてそれによる子どもたちの運命の流転がことこまかに描かれている。さらに、鞍馬山で成長した義経が山を脱出して平泉に到達するまでに、人買いに騙されて奴隷の境遇に身を落とすというオリジナルエピソードがながながと挿入されている。

 お遊びのようでいて、このエピソードが果す役割は大きい。頼朝にせよ義経にせよ、よく描かれるように心を人間不信にむしばまれており、それが兄弟の悲劇や幕府内の内紛へとつながっていく。頼朝は平氏系である北条氏や三浦氏の協力を得ながら源氏の人間として生きていく孤独が何度も語られ、義経もまた、頼朝の第一印象をかつての人買いとだぶらせたことで不信を覚えながらも付き従い、しかしあくまで家臣としての扱いであることに徐々に不満を覚えていく。この辺、あちこちに後の悲劇の伏線が張ってあって、さすがにベテランというところである。

 木曽義仲など敵側の悲劇もしっかり描かれ、十分に楽しめるが、しかしいかんせん義経はかなり中途半端な時期に、しかも辺境の地で死んでしまうため、源平時代を見渡すにはものたりない。鎌倉時代全体をカバーした小説は書いていないのだろうか?