吉川英治『平の将門』B+、北方謙三『悪党の裔』B
【最近読んだ本】
吉川英治『平の将門』(吉川英治歴史時代文庫、1989年、単行本1952年)B+
吉川英治の描く将門は、英雄でもなんでもない。
イメージとしては、気の優しい力持ち、というところだろうか。頭は良くない。学もなく、弁も立たない。むしろ、一族からは知的障害者と思われていた節さえある。しかし、決して嘘をつかず、人を裏切ることもせず、頼まれたことは何でも引き受け、全力で助けようとする。クラスには一人はこんな人がいたかもしれない。平和な世であればみんなに好かれて終わったかもしれないが、戦乱の世では、それが人を集めるとともに、また悲劇にもつながっていくのである。
彼はもともと陰険な叔父に騙し取られた父の遺産を取り戻そうとしただけなのに、その争いが都まで飛び火して、大きな争いになる。将門は荒れ狂う野性を都の人々に利用され、ついには中央への反乱の首魁になってしまう。将門は目の前の敵を倒したいだけ、自分の集団が暴虐の限りを尽くしたり、新皇を名のったりということは、将門はなにも知らないところで進んでいった。そうして彼は、なにも気づかぬまま36歳であっけなく戦死する。
戦略眼ももたず場当たり的に戦うだけ、ほんとうは優しい心をもちながら、周囲の悪意に翻弄されて疲弊していくのを、吉川英治はときに突き放すように描いている。
ひとつ気になるのは、吉川英治にとってのアイヌの存在である。本作で将門(小次郎)は、天皇とアイヌの両方の血を引く人間とされている。
――桓武天皇――葛原親王――高見王――平高望――平良持――そして今の相馬の小次郎。
系図は、正しく、帝系を汲んでいるが、そのあいだに、蝦夷の女の血も、濃く、交じったであろうことは、いうまでもない。
また、帝系的な都の血液と、アイヌ種族の野生の血液とが、次のものを、生み生みしてゆけば、母系の野生が、著しく、退化種族の長を再現して、一種の中和種族とも呼べるような、性情、骨相をもって生れてくることは、遺伝の自然でもあった。
だから、小次郎の親の良持はすでに、その顴骨や、頤の頑固さ、髯、髪の質までが、都の人種とは異っていた。
ここで彼はアイヌを「退化種族」と呼び、将門の強さや魅力を天皇の血に、暴虐と愚かさを半原始人の血に求めているように思われる。アイヌという言葉が出て来たのは冒頭のみで、その後坂東や原始人とことばは変わっているが、未開の原野に住む人々ということで、都とは対比されて描かれている。吉川英治の経歴はことさら北海道と関係があるとは思えず、これが当時の知識人の認識だったということなのだろうか。十分に読みこめてはいないが、アイヌと文学というかかわりを考える上では、外せない一冊であるように思われる。
しかし原始人などと強調されてはいたが、ここで描かれる将門は決して原始人などではない、人間臭さを備えているように思われる。
北方謙三『悪党の裔』(中公文庫、1995年、単行本1992年)B
楠木正成と並ぶ悪党として、大塔宮を奉じて決起した赤松円心の生を描く。名前も知らなかったが、読んでから調べてみるとかなり史実も反映しているようでおどろいた。
吉川英治の平将門とちがい、赤松円心や楠木正成は、自分たちの使命がわかっている。時代が動こうとしていることを確信し、そのために何をなすべきかがわかっている。