DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

小野寺公二『平泉落日』A、井上恭介・藤下超『なぜ同胞を殺したのか ポル・ポト 堕ちたユートピアの夢』A

【最近読んだ本】

小野寺公二『平泉落日』(光文社文庫、1992年、単行本1968年)A

 奥州藤原氏の滅亡というと、鎌倉時代を扱った歴史小説では話題としては外せないものの、たいていは秀衡と義経のあいつぐ死、頼朝自身による奥州討伐、味方の裏切りによる泰衡の死といった事件に駆け足で触れて終わるようなものが多い。実際には鎌倉への侵攻を主張して粛清された藤原忠衡(秀衡の三男)や、泰衡死亡後も果敢に抵抗をつづけた大河兼任などがおり、到底ひとことで語りきれるものではなく、そのあたりを300ページかけてじっくりと描いたのが本書ということになる。

 とはいえ読んでいてだいぶつらいものがある。国が一丸となって心を合わせるべき肝心なときに秀衡を喪い、鎌倉の動向がよくわからない奥州の人々は次第に疑心暗鬼におちいり、主戦派と和平派のあいだの争いになってしまう。義経や忠衡など有能な指揮官をきたるべき戦いの前に次々に失っていき、滅びの予感がつのっていくばかりなのは、読んでいて慄然とする。時代的には学生運動も重ねあわされているのかもしれない。

 著者の描く人物はいわゆる近代的自我の持ち主で、たとえば河田次郎など、ずっと忠義を示しながら、心の中にそれに反する衝動が徐々に芽生えて行き、やがては主君の泰衡を討つに至るという、人間の相反する二面性に徹底してこだわりながら描いている。そのあたりがどうにも暗い印象をあたえるが、奥州のあっけない滅亡に説得力を与えるものでもある。また、女性たちも奥州の運命に深くかかわってくるのも、ややメロドラマ風ではあるがその生きざまが強い印象をのこす。

 ひとの心理の難しさ、避けられない滅びのむなしさを描いた名作である。

 

井上恭介・藤下超『なぜ同胞を殺したのか ポル・ポト 堕ちたユートピアの夢』(NHK出版、2001年)A

 NHKの番組から生まれた本。

 フランスに留学していた一介の共産党員にすぎないポル・ポトが、偶然のいたずらでカンボジア共産党のトップになり、悪夢のような独裁を行った末、政権の崩壊とその後の顛末を要領よくえがいて、入門書といえる。ポル・ポトといって浮かぶ人名がポル・ポトとよくてシアヌークくらい、という人間でも十分に読める。

 なぜあんな悲劇が起きたのかがわからない、と本の中でずっと言われていて、もちろんその答えは出ないのだが、とにかく色々な人がかかわって悲劇が連鎖していったのだということはいやというほどに伝わってくる。

 それにしてもあれだけ苛烈な弾圧を行いながらも人々にまだ抵抗する力があったというのはおどろくべきことで、これはカンボジアの国民性とみるべきか、もっと普遍的な、人間のもつ不屈の力とみるべきかは考えてしまう。