【最近読んだ本】
大仏次郎『源実朝』(徳間文庫、1997年、単行本1946年)B+
鎌倉殿を見終えてから読もうと思っていたのだが、我慢できずに読んでしまった。今アマゾンで見ると3万円とおそろしく高値になっている。買っておいてよかった。
調べてみると、大仏次郎が『源実朝』を刊行したのは1946年だが、連載は1942年9月に始まっている。そして、翌43年2月に小林秀雄が「無常ということ」の一編「実朝」の連載を開始、さらに9月に太宰治が『右大臣実朝』を書下ろしで刊行している。同時発生的に実朝に関する重要な文献が立て続けに出ているのは、大仏次郎に触発されてのことか、はたまた偶然によるものか、気になるところである。
物語は畠山重忠の乱の直後からはじまり、北条時政を追放して鎌倉幕府の実権を握った北条義時と、若くして将軍となって思わぬ成長を見せる源実朝の、目に見えぬ駆け引きが主眼におかれる。
三谷幸喜は、そして義時を演じる小栗旬も、本作をかなり参考にしているように見える。和田が乱を起こしたのを聞いた時に義時が囲碁を打っていたというのは、大河ドラマでもそういえばあった(小説では相手がいたようだが、大河ドラマではひとりで碁石を並べていたか)
本作の義時は最初から老獪な政治家として現れ、幕府の実権を完全に掌握している。和田の乱で和田が意外に健闘したり、実朝が突然渡宋を企てたりと、多少は予想外のことも起こるが、別にうろたえるほどのこともなく、微苦笑を誘われる程度で落ち着いて対処してしまう。それはまさに、大河ドラマで北条時政を追放して以降の義時そのものである。
めだった違いと言えば、本作には和田義盛の孫・朝盛が重要な人物として出てくる。この人は頼家・実朝に親しく仕え、実朝の親友ともいえる立場にあったが、和田と北条の板挟みになって出家してしまう。これにより実朝がさらに孤独を深めることともなるので、ドラマ向きのキャラクターといえそうだが、大河ドラマにはまったく出てこない。代わりに、本作にはまったく出てこない北条泰時が、実朝に思慕を寄せられる存在となり、おそらく次代の希望となるのである。
義盛のキャラクターは、実朝が慕う老将という立場は同じであるが、あまりにまっすぐな彼の行動がかえって実朝を厄介な状況に追いこんでいくという皮肉が、やや意地悪に指摘されているのが、いかにも文学寄りの小説というところ。
戦争で中断を余儀なくされ、実朝暗殺のくだりはやや駆け足になった感はあるが、実朝の和歌も織り込んで、若き将軍の孤独な生を描き出している佳品である。
ロバート・J・ソウヤー『フラッシュフォワード』(内田昌之訳、ハヤカワ文庫、2001年、原著1999年)B
だいぶ前にドラマ化した作品だが、内容は全然ちがうらしい。ドラマでは、世界中の人間が6か月後の未来を幻視する。原作であるこちらでは、見るのは20年後である。
2009年の全世界の人間が20年後の未来を2分ほど見て、それによる社会への混乱が描き出されるというアイデアは面白いし、どんなストーリーが展開されるか予測できないだけに期待してしまう。しかしメインは、自分が婚約者と離婚する未来を見て結婚するか悩むとか、自分が20年後には殺されているらしいと知って真相を知ろうとあがくとか、小ぢんまりとした、個人的な物語に落ち着いてしまうところが物足りない。面白いことは面白いのだが、期待していたのはもっと壮大な物語であったはずだ。最後は確かにSFらしい壮大なヴィジョンが示されるが、そんなに感心するわけでもない。主人公の科学者が、どうも読者の心情に外れるような行動ばかり取るのも読んでいてストレスである(未来を変えられる可能性をどうしても認めようとしなかったり、再現実験がうまくいかなかったのにどうでもいいという顔だったり)
ところどころ挿入される未来予測は面白いかもしれない。イギリスでは、エリザベス2世が2017年に91歳で亡くなり、息子のチャールズ(69歳)は激しく嘆き悲しみ、王位を継承しないことを宣言、その長男ウィリアムもまた王位を放棄し、イギリス議会が君主制の消滅を宣言する、などという話もあった。
面白かったし不満もないけれど期待とはちょっと違ったという、少し困る話である。