DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

神林長平『太陽の汗』B、北方謙三『楊家将』B+、 同『血涙』B

【最近読んだ本】

神林長平『太陽の汗』(ハヤカワ文庫、1990年、光文社文庫1985年)B

 久しぶりに読んだが、大学で翻訳論、コミュニケーション論、メディア論などを多少ともかじったのを踏まえて読むと、非常にわかりやすい。

 世界中にウィンカという情報収集機械によるネットワークが張り巡らされ、高性能な翻訳機で外国人とも容易に意思疎通な、世界にわからないことなどないような近未来で、ペルーに設置されたウィンカが破壊されたとの情報が入る。ジャーナリストと技師が調査のために現地に入るが、現地の軍にははぐらかされ、目的地も見つからない中、技師が熱に倒れ、いったい何が起こっているのか、現実と夢があいまいになっていく。

 映像が見ている現実と違い、翻訳機械も間違った情報を相手に伝えている――かもしれないとなったら、一体何を信じれば良いのか? という、メディア論的にはおなじみのテーマを、うまく小説の形に落とし込んでいる。優れたメディア論SFと見せながら、インカ帝国の亡霊がよみがえる幻想伝奇小説の趣もあって、一筋縄ではいかない。

 

北方謙三『楊家将(上・下)』(PHP文庫、2006年、単行本2003年)B+

同『新・楊家将 血涙(上・下)』(PHP文庫、2009年、単行本2006年)B

 中国では大人気だが日本ではほとんど知られていない『楊家将演義』なる小説があって、それは小説があまり面白くなくて、演劇の世界で有名だからということのようなのだが、それを北方謙三が大胆に翻案して「漢」の小説にしたのが本作。

 まずびっくりしたのが、兄弟の名前が、長男以外は二郎、三郎、四郎、五郎、六郎、七郎、八娘、九妹と続くので、なんとわかりやすいのだ、北方も大胆なものだと驚いたが、これは原典がすでにそうであるらしい。

 本作は、『楊家将』は良かったが、続編の『血涙』はダメだった。

 『楊家将』は有能ながら場所を得ずに非業の死をとげる楊業とその息子たちの物語であり、これは結末を知っていながら、自分の信じる道を突き進む楊業とそれぞれに個性を持ち成長していく兄弟の物語として興奮して読んだ。続編の『血涙』は、楊業以下一族と軍団が壊滅して2年後に、生き残った息子たちが再起をはかる話である。

 で、兄弟のうちで生き残った四郎は記憶喪失になり、敵軍の将として戦っているという設定なのである。遼でそれなりな地位を得た矢先に自身の素性を知って苦悩するのだが、このくだりはいかにもウソばなしという感じで、しらけてしまった。思えば『機動戦士ガンダム ORIGIN』も、キャスバルのそっくりさんのシャア・アズナブルが出てきたところで、あまりの陳腐さにがっかりしてしまったが、なんでこんな、つまらない設定にしてしまうのか。

 おかげで後半は話のほとんどが、楊家軍と遼に引き裂かれながら戦う四郎の苦悩に食われてしまった感じがある。

 そうはいっても、最後はやはり感動してしまったのだが。ほとんど会話ばかりで進むという、一見すると馬鹿にされそうな小説なのに、これだけ読ませるのはすごいものだ。