DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

早乙女貢『武蔵を斬る』B、津本陽『新忠臣蔵』B

【最近読んだ本】

早乙女貢『武蔵を斬る』(光文社文庫、1985年、単行本1981年)B

 宮本武蔵の初期の強敵で、修行を経て強くなった武蔵にやられてしまうことで名を遺した吉岡清十郎・伝七郎兄弟。その従弟にあたる吉岡清一郎が、吉岡一門復興のために武蔵を仇と追う、10年以上におよぶ遍歴を描く連作短編集である。いちおう股旅ものとはいえようが、人情ものとはとてもいえず、毎回ゲストキャラが死んで終わるあたりは、ハードボイルドやロードノベルの文法に近いのではなかろうか。

 時代的には関ヶ原の戦い終結から大阪の陣の直前にあたり、清一郎は各地で、再び来るであろう大乱を待ち望んで隠棲する強者たちに行き会う。そういうある種の無法地帯となった国のすがたが、山田風太郎にも通じる荒唐無稽な敵たちに説得力を与えているのかもしれない。

 もちろん武蔵は斬られないどころか最後まで姿を現わさず、清一郎はまったく関係のない争いで命を落とす。10年以上の執念の旅は無駄に終るわけだが、しかし不思議と、どこか行きつくべきところに行きついたような満足感がある。読みやすい佳品である。

 

津本陽『新忠臣蔵』(光文社文庫、1994年、単行本1991年)B

 「新」とあるが、実にスタンダードな忠臣蔵小説である。

 いたるところで史料を引用し、しかも同じものが2回出てきたりする悪癖はここでも同じなので、アマゾンでは罵倒に近い評価がされているが、いうほど悪いわけではない。全1巻で比較的短いし、簡潔な文体で緊張感があり、要点はおさえられている。それに、さすがに津本陽だけあって、剣劇シーンはなかなか良い。序盤で不調の大石が刺客に襲われるところなど、はらはらさせられるものがある。まあただ、91年に書かれたものなのだから、忠臣蔵ファンとしては新味が欲しかったのだろうが。

 あと解説が、忠臣蔵の「新説」の類を要領よくまとめてなかなか良い。特に、池宮彰一郎の『四十七人の刺客』(1992年)が、当時の歴史小説界にかなりのインパクトを与えていたことが、その興奮した紹介のしかたからうかがわれる。池宮が盗作騒動で消えなければ、現在の評価がどうなっていたか考えずにはいられない。