DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

注・BL小説


 篠野碧『プリズム』(ディアプラス文庫、2001年)を読んだ。
 BL小説には珍しく、恋愛に女の子がメインキャラとして絡んでくる。カラー口絵にまで出てくるので、むしろ彼女が最後にどうなるのか気になって読んだ。
 高校生の稔人(みのる)は、親友の克征に恋心を抱いている。だが克征は稔人の妹の栞に恋していた。女好きな克征が真面目な優等生である稔人と仲がいいのも、彼が栞に似ているからだった。だが克征はなぜか栞に告白することもせず、稔人にふざけてキスをしたり、彼の家に泊まったりといった日々を送っていた。この辺、みずき健のイラストと相まって、危なっかしいながらもいかにも青春小説という感じで気恥ずかしかった。
 だがそんな日常は、栞が克征への恋を自覚したことから破綻し始める。克征は栞の告白を拒絶し、女遊びに走る。稔人は彼の行動が理解できず、また愛する妹が泣かされたショックから彼と衝突する。口論の末、克征と稔人は相手の自分への恋情を知ることになるが――
 この物語は色々複雑な要素が絡み付いている。
 まず、多くのBL小説がそうであるように、同性愛のタブーが私たちの知る形では存在しない。冒頭の稔人と克征のキスを、クラスメートがむしろ当然の行為として歓迎しているのは、その宣言と見て良いだろう。稔人が克征の女遊びに眉をひそめているように、むしろこの物語においては、性行為そのものへの嫌悪(というよりはためらいの方が近いか)の方が大きい。作者はその価値観を、克征の彼女である加奈が栞に告げる、

「でもね、男と女だけじゃなくて、恋として本当に好きな相手だったら、心だけでなく身体も欲しくなるものなんじゃない?」(p.233)

という台詞に象徴させている。性別と関係なく、本当に好きになったら相手の身体を求める、というのが、この物語の世界における論理である。そのため、栞が稔人と克征の性行為を目撃したときのショックの正体は、兄が同性愛者であったということよりも、好きな人をやはり大好きな兄に取られたことによるものであった。そして振られた栞は、愛する兄との近親相姦(キスどまりだが、BLじゃなかったらどうなっていたかわからない)をして絆を確かめ、最後にはやはり振られた加奈と百合カップルになってハッピーエンドとなる。エロ小説だったら最後は4人一緒に、という展開になりそうだが、さすがにディアプラスなのでそうはならない。
 物語を支配するもう一つのファクターが、稔人の人間不信と、愛する者への独占欲である。稔人は誰にでも人当たりが良い一方で、他人に心の中に踏み込ませないかたくなさも持っている。親友の克征と妹の栞に対しても例外ではないが、彼らに対しては独占欲も持っていて、彼らが他の人と親しくなるのは許せない。
 そのため、克征と両思いだったことが中盤で明らかになっても、なかなか稔人は心を許さない。だから、物語中で克征はほとんどレイプ同然の性行為により、初めて稔人の心に踏み込むことに成功する。栞もまた兄にキスをすることで、稔人に心を伝えられることになる。この物語においては、性行為はそういう機能を持つ。とはいえ、その後稔人が彼らに心を開いていくことになるかはわからないのだが。彼ら誰よりも愛しながらも拒絶するという、稔人の抱える病的な矛盾。それが、この物語を同性愛という要素以上に支配しているのである。
 しかしそこに注目してみると、考え方によっては、この物語はハッピーエンドとはいえない。稔人は、元々愛していた人に全面的に受け入れられ、今後ますます自閉的な空間に閉じこもることになると考えられる。一方で彼はクラスメイトたちに対しては、今まで通りにやはり深くは踏み込まず、しかし愛想良く生きていくことだろう。それでいいのかといえば、本人の勝手ではある。しかし本来なら、克征と栞がくっついて稔人から離れ、それにより稔人が外の世界に眼を向ける、というのが、世俗的な倫理においては正しいラストだろう。そのあたり、開き直るでもなく放置されていて、少し疑問が残る。しかし恋愛小説にそれをいうのも、まあ野暮というものか

プリズム (ディアプラス文庫)

プリズム (ディアプラス文庫)