DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

『驚異の地底王国シャンバラ』(廣済堂出版、1994年)を読んだ。
シャンバラとは、チベットの地下に眠るという伝説の楽園。
 本書はその王国の謎を追う日本探検協会が突き止めた真実を明かす――というようなことが内容紹介には書いてあるのだが、予想に反してなかなか楽しめた。
 この本、日本探検協会会長の高橋良典が監修で、実質的な著者は幸沙代子なる人物らしいのだが、どうも内容には監修者がかなり干渉しているらしい。著者が自由に書いたらしきあとがきを読むと、竹内文書を引き合いに出してチベットの王=ネブカドネザル神武天皇などという説を得々と語っているので退屈きわまりないが、本文ではそういった話題にはあまり触れず、ヒトラーを中心にシャンバラ研究の歴史が語られている。
 いわく、ヒトラーはブルワー・リットンという神秘主義者の書いた小説『来るべき民族』を読んでシャンバラの存在を知った。この小説はアーリヤ民族をアトランティス大陸の末裔と規定して、ユダヤ人はアトランティスの遺産(ブリル・パワーと呼ばれる未知の能力)を奪って世界史上の栄華を築きあげてきた卑怯な民族だと糾弾する。この荒唐無稽な本の著者をヒトラーに引き合わせたのが、ナチスの予言者将軍として名高いカール・ハウスホッファー。ヒトラーは彼らの語るビジョンに感銘を受け、極秘裏にシャンバラ調査隊を派遣した。そして彼は手に入れた技術をもとに、秘密兵器ヴィマナ(よくみる円盤型のあの乗り物)の開発に着手するが、完成直前にベルリンが陥落してしまい、ヒトラーは世界征服の野望を果たすことなく自殺した――
 ここまでは一部では有名なお話らしい。これに加えて、本書はルイ・ジャコリオ(1837-?)、フェルディナンド・オッセンドウスキー(1867-?)、ニコライ・レーリッヒ(1874-1947)といった、シャンバラ探検に挑んでヒトラーがその著書を参考にした人々も何人か紹介されていて、そこが面白い。
その中でも特に興味深かったのがオッセンドウスキーである。ロシアで革命家となり、シベリア独立を画策して臨時政府を作ったが失敗、その後は帝政ロシアのスパイとなったが、ロシア革命の際は糾弾を恐れて亡命してモンゴルへ渡り、その途中でシャンバラの秘密を握る謎の男に出会い、彼との交流をもとに奇書『獣と人間と神』を記した、という、激動の人生を送った人物だそうで、世界史の裏面を見せられているようでなかなか面白い。ロシアからの亡命知識人というと、アメリカに渡ったケレンスキーらが主であるが、アジアへの亡命というのは知識上の盲点であった気がする。他、ルイ・ジャコリオはフランス領のインドで神秘主義に目覚めて晩年を著述に打ち込んだ人物で、膨大なインド文明研究書を書き、レーリッヒはユダヤ人であり神秘主義者としても名高いという。 
 公称30冊近い文献をもとに図版もそれなりにあって、説明も手際が良いので入門書としては良書である。思いつきだけを述べた退屈な部分も皆無ではなく、特に先にも述べたように、あとがきの少ないページ数で頑張って自説を論じているので、ムー大陸から人々が脱出に使った地下ネットワークが世界につながっている、なんて話も読める。ただし参考文献が全部タイトルを和訳していて原書がわかりにくくなってるあたり、実在しない人物や本の話が入っていてもそれほど驚かない。オッセンドウスキーあたりは顔写真が一応入っていたが。
 本書が出たのは94年11月。近いうちにシャンバラ探検計画を実行に移したいような話も書かれており、この本もその布石だった思われる。しかしこの直後オウム事件が続き、すべては夢と消えたと思われる。

驚異の地底王国シャンバラ (広済堂ブックス)

驚異の地底王国シャンバラ (広済堂ブックス)

 と思ったら、どうやら同じ本が2007年に再販されていたらしい。究極の戦いが今始まった!とか、いまだに言ってるのが何とも
驚異の地底王国シャンバラ―銀河連邦の宇宙都市へようこそ

驚異の地底王国シャンバラ―銀河連邦の宇宙都市へようこそ