DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

大沢在昌『ダブル・トラップ』B、西村寿行『魔の牙』B

【最近読んだ本】

大沢在昌『ダブル・トラップ』(集英社文庫、1991年、単行本1981年)B

 大沢在昌の第二長編であり最初期の作品である。かつて政府機関の凄腕スパイとして知られ、あるトラブルで組織を追放された男が、ともに組織を追われた友人の頼みで再び戦いに赴くという、これだけ見るとよくありそうな話である。単純なアクションものになりそうなところを、むしろ組織を追われるきっかけになった過去の物語に厚みをもたせており、それが5年という時を経て何もかも変わってしまった「今」の物語に哀しみを与えている。

 過去と今の間に横たわる5年間は、登場人物にとって以上に、社会情勢の急激な変化の5年間でもある。80年代のスパイ小説が多くそうであるように、この作品もまたスパイの終焉を描いている。大規模な陰謀など絵空事になり、スパイの存在意義が失われつつある時代には、スパイたちはみずから争いを巻き起こして、それを解決することで自分を売り込むしかないのである。

 ある種の寓話的な、箱庭の中の争いは、スパイ小説のパロディのようでもあり、過度に複雑にされているきらいもある。特に終盤ではセリフを誰が言っているのかよくわからない箇所もあった。それでも、最初は「気障とはこういうものだ」と言わんばかりの主人公が、最後にすべての決着をつけて去っていくところは、それなりに哀しみを感じさせるものがある。

 

西村寿行『魔の牙』(徳間文庫、1982年、単行本1977年)B

 大雨で孤立した南アルプスの山荘に一般客に混じって、銀行強盗とそれを追う刑事、さらに彼らを追うやくざや正体不明の男などが避難してきて一堂に会するという、新本格ミステリのような導入である。しかしそこは西村寿行、閉鎖空間での殺し合いになるかと思いきや、突如として現れたニホンオオカミの群れが、疑いあい争おうとしていた彼らを襲う。絶滅を免れた最後の群れは狂犬病に侵されて理性を失い、脱出を試みた者をことごとくその牙にかける。

 ある種ミステリ的なお約束へのアンチを感じなくもないが、単に動物小説を書きたかったのかもしれない。それぞれの人間ドラマが容赦なくニホンオオカミによって断ち切られていくところは類を見ない迫力がある。優れた頭脳を持つ銀行強盗も一匹狼の刑事もなかなか良いキャラで、もっと対決が見たかったところ。