DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

カール・A・ポージイ『嵐の演習空域』A、三好徹『風は故郷に向う』B

【最近読んだ本】

カール・A・ポージイ『嵐の演習空域』(山本光伸訳、ハヤカワ文庫、1991年、原著1984年)A

 翻訳者の山本光伸が、訳者あとがきの4ページ中2.5ページを「訳者あとがき」を書くことへの愚痴に費やし、残りで「読んでみたら面白かった」とちょっと褒め、あとは著者略歴を載せて終わり、ということで、読む前は不安だったのだが――読んでみるとなかなかどうして面白かった。

 テーマはハリケーンのコントロール実験という、割と珍しい冒険小説である。内山安二の科学まんが(コロ助の科学質問箱だったか)を昔読んだのを思い出す人も多いのではないか。あれは台風にドライアイスを大量に投下したら向きを変えて規模も大きくなり大被害になったという話で、それが1947年のこと。作中の説明ではその22年後の1969年にハリケーン・デビーにヨウ化銀投下実験を行い、台風が弱まったことを確認したらしい。本作はその後何年かを経た、再びのヨウ化銀投下実験への挑戦を描く。時代設定は明らかではなく、原著出版の84年とほぼ同時代と思われるが、1962年のキューバ危機がかなり身近な記憶として語られているので、70年代の想定かもしれない。

 主人公はハリケーン研究所の科学者たち。シェイクスピアの『テンペスト』に出てくる魔術師から名前を取った「プロスペロ計画」の実験中に、ヨウ化銀を投下する飛行機を軍事行動と誤解したキューバ軍の襲撃を受ける――というプロットは序盤で明かされるのだが、構成が凝っていてなかなか読ませる。襲撃を受けた時を「ゼロ時間」として、そこに至るまでとその直後の二つの物語が語られるのである。突然の研究予算の縮小宣告でプロジェクト凍結を余儀なくされた科学者チームが実験遂行に執念を燃やす物語、そして襲撃を受けた後にパイロットが軒並み死亡した中、生き残ったスタッフで台風の中飛行機で生還を目指す物語――この二つが交互に語られ、その行き来によってそれぞれの人間ドラマが立体的に浮かび上がってくる。

 狂気にも似た執念で政府を出し抜いて実験を実行しようとするリーダー、離婚した心の傷癒えぬまま実験に臨む主人公の科学者、その他スタッフそれぞれの恋愛や確執、そしてそれらすべてを飲み込んでいく国際情勢……主人公周辺のドラマはややメロドラマめいているものの、キューバ軍襲撃の悲劇まで一気に読ませる力をもっている。著者は気象問題を専門とする科学系のライターらしく、ディティールにもこだわっている。

 読んでて少し『シン・ゴジラ』を想起するのは、怪獣が大災害のメタファーでもあるからだろう。実際上のモチーフは作中でも言及される『白鯨』であろう。研究所長のヘンリー・ソレルは、それこそエイハブ船長よろしく台風の消滅へと執念を燃やす。エイハブは白鯨によって脚を喪ったが、ソレルは1969年のハリケーンカミーユにより家族を喪っている。

 台風と人間の戦いを軸に、キューバ軍とアメリカ軍、研究者の倫理鳥論、国家と個人、元妻とその恋人など、たくさんの対立軸をかなりうまくまとめ上げている。終わりもさわやかで、映画化してみてほしい一作である。

 

三好徹『風は故郷に向う』(中公文庫、1975年、単行本1963年早川書房)B

 時は1959年7月、キューバ革命の年。極東自動車社員の清川暁夫は、突然の社命でキューバに商談のため赴任することになる。だが彼には気がかりなことがあった。日本を発つ直前、妹もまた新婚旅行に出発したのだが、その直後に婚約者らしき男をいるはずのない東京で見かけたのである。妹とともに旅に出たのではなかったのか? 困惑のうちに出発した彼は、移動中に妹夫婦が失踪したとの知らせを受ける。だが革命下のキューバでは電報一本打つことももままならず、焦燥の清川の周囲でも不可解な盗難や殺人事件が起き、革命政府に反抗する巨大な組織の存在が見え始め、彼は知らず知らずのうちに巨大な陰謀に巻き込まれていく。

 革命下のキューバが舞台とはいえ、もちろん日本人がカストロの依頼で大活躍、というようなご都合主義的展開はない。基本的にはハバナを舞台になんとか日本と連絡を取ろうとする主人公の右往左往が描かれ、どうも地味であるが、そこをリアルと言ってよいものか。このドタバタが清川のキューバ赴任や妹の結婚も含めて、ある組織がキューバの高官を亡命させるためのパイロットを国外から用意するためのものだったというのは、大がかりすぎてちょっと無理があるような気もする。冒頭で触れられる「戦時中は海軍航空隊の飛行機乗りだった」というのが最後になって利いてくるのは感心したが。

 ちょっと驚いたのは、最後に実在の人物がひとりかかわってくること。カミーロ・シエンフエゴス・ゴリアランという、初めて知ったがゲバラカストロと並ぶ英雄なのだとか。革命では主導者的位置にいたが、革命後ほどなく航空機事故で死去。事故か謀殺か、謀殺とすればアメリカによるものか、あるいはカストロによるものかなど、真相は今も謎らしい。作中では彼の死はカストロによるものと示唆され、カストロについてはその他にも絶大な人気を利用してライバルを蹴落としたり、彼の勝ちの陰で殺された無実の人々の声が描かれるなど、どちらかといえばカストロに批判的なのが、のちに『チェ・ゲバラ伝』を書いたほど入れ込んでいる著者にしてはちょっと意外。

 発表当時は高く評価されたらしく、解説の石川喬司によると昭和38年度の推理小説ベストテンの第3位だったらしい*1。革命が起こる前は「マンボとルンバの国であり、バナナボートの故郷」(p.14)でしかなかったキューバの実像を小説の形で伝えるということで、情報小説として評価されたものであろうか。

*1:ちなみにベストテンのリストは、1 河野典生『殺意という名の家畜』 2 中薗英助『密航定期便』 3 三好徹『風は故郷に向う』 4 戸川昌子猟人日記』 5 水上勉飢餓海峡』 6 星新一気まぐれ指数』 7 鮎川哲也砂の城』 8 結城昌治『夜の終る時』 9 陳舜臣『天の上の天』 10 佐野洋『蜜の巣』

 今でも評価が高いものといえば映画化もされた『飢餓海峡』になると思うが、それより順位が上なのだからすごい。2位の中薗英助も日本におけるスパイ小説の先駆けであり、同年がジェームズ・ボンドシリーズの映画第一作『007  ドクター・ノオ』が日本で公開された年でもあることをみると、ちょっとしたスパイ小説ブームが起こっていたのかもしれない。