羽山信樹『光秀の十二日』B+、アラン・グリン『ブレイン・ドラッグ』A
【最近読んだ本】
羽山信樹『光秀の十二日』(小学館文庫、2000年、単行本1993年)B+
薄いのであまり期待していなかったのだが、予想していたよりおもしろかった。
本能寺の変のあと天下人になった栄華もつかのま、わずか12日後に光秀は秀吉に追い落とされ、落ち武者狩りに遭って惨めな死をとげる。そこまでの激動の12日間を描くのが本作。
せっかく12日に話をしぼるのだから、ドキュメンタリータッチで史実を再現すれば面白いのではないかと思ったのだが、それだけではよほど書くことがなかったらしい。本作では光秀に仕える忍者たちが出てきて、必死に領地に逃げようとする家康を襲撃したり、細川や筒井順慶に援軍を求める使者として出向くなど、伝奇的な要素が強い。
で、この伝奇部分がおもしろい。どれだけ忍者が活躍しようと、光秀が負けるのはわかっているのだから、彼らもまたそれぞれ滅ぼされていくのだが、それでも応援したくなる。
対して光秀は、秀吉にそそのかされて謀反を起こした形で、「味方になる」という約束を破られそれを見た他の諸将にも見放され、ただただ憔悴していくところが精彩を欠いて哀れである。光秀よりもその周囲の、歴史に名を残さず死んでいった者たちの叫びを描いた小説といえるだろう。
ちょっと気になるのが、光秀が実は肝臓ガンを患っているらしい描写が時折あったこと。著者の羽山自身が4年後の1997年にガンで若くして亡くなっていること、あとがきで執筆中になにかトラブルがあったと書いていることを考えると、自身の状況を織り込んでいるのかと思える。
アラン・グリン『ブレイン・ドラッグ』(田村義進訳、文春文庫、2004年、原著2001年)A
おもしろかった。
この面白さは、アイデアの奇抜さというよりは、ある種の様式美というものかもしれない。タイトルでなんとなく内容はわかってしまうが、飲むと本物の天才になるドラッグをめぐって事件が巻き起こるサスペンス小説である。一時的に本物の天才になり、恐るべき記憶力と分析力、そして眠る必要のない肉体をもたらすそのドラッグを使い、主人公はデイトレードの世界で大儲けしてのしあがるが、徐々にその副作用――心身の不調や意識の空白、そしてその間の身に覚えのない行動に悩まされるようになっていく。
ドラッグ小説に多重人格テーマを融合するという工夫はあるが、展開は読んでいてだいたい予想がつく。
それでもおもしろいのは、スタイリッシュな文体と、ストーリーの見せ方のうまさなのだろう。わかっていながら、突き放すようなラストには哀しみを覚えた。
バッドエンドゆえにちょっと考えてしまうのは、こんな風にのしあがる前に、その天才能力で薬を分析するとか開発者を調査するとか、そういうことはできなかったのかということ。続編やスピンオフも作れそうな感じであるが、その後書いてないのだろうか。