DEEP FOREST/幻影の構成

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 エリザベス・アン・スカボロー『治療者の戦争』(友枝康子訳、ハヤカワ文庫、1991年)を読んだ。ネビュラ賞受賞作。
 作者は従軍看護婦としてベトナム戦争下の野戦病院で働いていたという。その時の経験や他の参加者についての見聞をもとに、充分なキャリアを積んだ上で、自分自身と向き合うべく書かれたのが本書である。
 これがSFであるかどうかは微妙なところである。一応作者がSF作家であることと(訳されていないが作品数は多いようだ)、超能力っぽい要素が出てくる(描き方は魔法やまじないに近い)あたりが、かろうじてSF小説というジャンルにこの作品をつなぎとめているが、本来はベトナム戦争文学の一つとして扱われるべきものである。主人公の従軍看護婦・キティは、ベトナム人の老人から不思議な護符を渡され、その結果としてヒーリングなどの不思議な能力に目覚める。彼女はある事件をきっかけに患者のベトナム人少年とともにジャングルに放り出されるが、その能力により奇跡的に生き延びていく。
 本作をエンターテイメントたらしめているのはこのジャングルでの命がけの彷徨を描く第二部なのだが、正直この部分は安っぽい冒険小説という印象が拭えない。不思議な能力で人のオーラが見えるので、敵意を見破ったり重傷者を救ったりレーダーのようにして森の中の敵を発見したりして何やかやで助かってしまう、というのがいかにもである。ただ、参考文献としてニューエイジ系の本を多数読んだらしいのだが、人類進化などのイデオロギー礼賛に陥らないのはさすがである。
 そして物語に説得力を与えているのが――というより一番面白いのが、半分以上を占める第一部の野戦病院での日常である。ベトナム人の患者の死に接し、自身も時に死の危険にさらされつつ、その悪夢のごとき世界でも、どこかで聞いたような無責任な医者やミスの責任を押し付けられる看護婦という構図は存在し、一方休日には海岸で男との刹那的な恋愛が描かれる。
 従軍看護婦という、間接的にせよ死が隣り合わせに存在する日常は、独特な「青春文学+戦争文学」を形成している。アメリカ本国の安全地帯でもない、ベトナム戦争の最前線でもない野戦病院という舞台は、たとえば大江健三郎が初期作品で描いたような戦時下日本の緊迫した日常とは全く違う「場」となっている。

治療者の戦争 (ハヤカワ文庫SF)

治療者の戦争 (ハヤカワ文庫SF)