DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

【最近読んだ本】


宮本昌孝田中光二『漂流の美剣 失われし者タリオン1』(ハヤカワ文庫、1987年) B
 『剣豪将軍義輝』などで有名な宮本昌孝のデビュー長編。
 北欧の中世と神話の混交した世界観をベースに、大陸制服をもくろむ帝国と、それに抵抗する小国家群、そして国に縛られず自由を求めるバイキングたちが烈しい攻防を繰り広げる中、自身の使命を求めて戦う盲目聾唖の戦士タリオン――ということで、どうやってハンデを克服して戦うのか興味があったのだが、テレパシーのような能力で周りの様子がわかるので、常人より勘が鋭いし強い。手塚治虫の『どろろ』が身体欠損を利用して戦っていたのと似たようなものか。
 この主人公、性格も善良で勇気があって頼もしく、安定感がありすぎるくらいなのが逆に不満。1巻だけでもいくつもの事件が起こり、重要人物も何人も死ぬのだが、思い入れを持つに至る前だったのであまり感慨がない。10巻以上出て未完なのでどこまで読むか。


夏目イサク・嬉野君『熱帯デラシネ宝飾店1』(ウィングスコミックス、2017年) B
 ある村の大地主の次期当主である主人公の少女が、当主の大叔父の死の直後、分家の幼なじみの陰謀に落ち追われる身となる。少女は大叔父の遺言に従って国外へ脱出し、大陸の「燭銀街」なる街で、彼女に与えられた「遺産」である3人のボディガードに会う。彼らは「宝飾店」と名乗る便利屋だった。彼らは命令に従い彼女を護ることを誓い、少女は彼らとともに反撃を試みる。
 女の子一人に彼女を囲む3人の男という乙女ゲーム的構図、自分の安全も顧みず他人を助けようとするヒロイン、文句を言いながらも彼女を助けるボディガード、そして事件を経て強まっていく絆――とそれなりに面白いが、肝心のヒロインのキャラがいまいちつかめない。
 幼なじみ(妖狐×僕SSの御狐神に似ている)にはめられて一夜にして追われる身にされてしまったにもかかわらず、あまり動じず、恨む様子もなく冷静に対処する一方で、変に世間知らずなところもあり、しかし咄嗟の機転は利くというキャラで、いったいこのヒロインは男前なキャラということなのか、平然と行動しているように見えて実は内心深いところで傷ついているということなのか、1巻を読んだ限りではどちらともわからなかった。とりあえず2巻までは読みたい。国外に出たところから話が始まってしまったから日本に戻るのがだいぶ先になる可能性もあるが…
 

横溝正史『獄門島』(角川文庫) A
 これから横溝正史を読むという人には、是非これを一番最初に読むべきとお勧めしたい。
 このところこの『獄門島』に始まり『本陣殺人事件』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』と立て続けに読んでみたが、いちばんおもしろかったのはこれだと思うのである。
 正直トリックは他作品に比べてあまり印象に残るものではない。死してなお生者を縛る老人の妄執、連続して殺される兄妹(姉妹)、あるテーマに沿った見立て殺人、戦後の混乱期だからこそ起こりえる事件といった要素は、のちに書かれた『犬神家の一族』の方が完成度が上であると思う。
 だが『獄門島』の場合、事件そのものより、ラストで事件が解決したときに金田一耕助が犯人に告げる一言――明かされるたった一つの小さな事実により、事件どころかこの島が積み上げてきた歴史が崩壊する。犯人が発狂し憤死する瞬間、読者もまたその絶望を共有する。それこそがこの作品の肝であると思う。
 この積み上げてきたものが音を立てて崩れ去る瞬間の絶望とカタルシスバタイユ的な蕩尽などと言ってしまいたくなる)、他の作品にもないか期待していたのだが、あくまで横溝の興味は動機や犯行の異常性、血縁のもたらす悲劇、さらにはそれのもたらす謎の合理的な解決といったところにあるらしく、300ページ近く読んできて最後に何もかもすべて台無し、というようなものが他になかったのは残念である。これは横溝が最初から周到に狙ったというよりは、偶然に生み出された結末とみるべきだろう。それゆえに横溝作品をいくつも読んでいれば予測のつくようなラストでもあり、だからこそこれを最初に読んでほしいと思うのである。