DEEP FOREST/幻影の構成

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問題提起編・「『中学生式』文学」論

「『中学生式』文学の行方は?」(井口時男、読売新聞2006年10月3日)

この論考を書いた井口時男は、1953年生まれの文芸批評家、東京工業大学教授。
著書は『柳田國男近代文学』(伊藤整文学賞)、『悪文の初志』(平林たい子文学賞)、
『危機と闘争――大江健三郎中上健次』『暴力的な現在』など。


「過激化…『少年犯罪』とダブる」というサブタイトルのついたこの論の目的は、
少年犯罪と現代文学の相似性を指摘し、共通の問題を提起することである。
そのため少年犯罪を語りたいのか現代文学を語りたいのかよくわからない部分があるが、
多分同位相のものとして語られるべきだ、というのが筆者の主張なのだろう。
そして筆者はそれらの根底にある問題を「中学生式」と総称するのである。


この論考において、少年犯罪と現代文学をつなぐのは、
「暴力」であり、「現実感(リアリティ)の希薄さ」である。
ここで少年犯罪として挙げられるのは、
北海道・稚内で、16歳の少年が自分の母親の殺害を中学時代の同級生に依頼した、という事件である。
実行した友人は、少年が「殺人組織の人間」だと信じ込まされていて、断れなかったという。
この時依頼した少年は現実を忌避するがゆえに虚構にすがりつき、
依頼された少年は現実と虚構を混同していたがために、
その荒唐無稽な物語が共有されることになった。
その分析を踏まえて、
「彼らの意識の中では、現実と虚構とが相互の水準を区別して確定できないまま、浮動しながら混在しているようなのだ」
と結論付け、これが時代のリアリティの変容を象徴する一つの事件なのである、と筆者は主張する。
そしてその「社会の変容」に最も敏感なジャンルとして、文学に目を向ける。


で、実際に目を向けてみると、
近頃は純文学の主な舞台である文芸誌に、若い作家たちによる暴力を主題にした小説が増えている、ということになる。
そこで筆者が例に挙げるのは舞城王太郎佐藤友哉古川日出男といった作家たち。
まあ果たして彼らを現代文学の代表として扱ってよいものかどうかは疑問が残るし、
筆者自身も、暴力という主題はマンガやアニメでは昔からあるのであって、
文芸誌が「若者向け商品」への衣替えを図る中で、
それらに近いライトノベル系・ミステリ系の作家などを起用した結果、それらが文芸誌に流入しただけなのかもしれない、とは言っている。
その結果として文学の舞台に暴力という主題が現われているだけである、と。


だがそのようにして描かれる作品は「文学」ではなく「読み物」にすぎない、というのが筆者の主張のようである。
そこで対比されるのは、自身が専門とする大江健三郎中上健次
大江は、あくまで「壊れ物」としての人間の受苦性を中心に据えて暴力を描き、
中上が関係の希薄さではなく濃密さによる暴力を描いたのに対し、
現代の文学では受苦性ではなく攻撃性が中心にあり、関係の希薄さが暴力を招いている、と主張する。
加えて、現代においては言語が断片化・記号化し、物語はリアリティを離れて過激化する。
しかし大量にそういった物語が生産される一方で、それらには、どこかで読んだような既視感を感じる。
「いわば現実感(リアリティ)が稀薄に浮遊したまま凶暴化しているのだ」。
そしてこの問題は少年犯罪にも共通して見られることなのである。


こういった現実感との乖離の中で描かれる文学(あるいは読み物)を、筆者は「『中学生式』文学」と呼ぶ。
まあ厨房とか中二病とかDQNとか言っておけばいいような話なのだが、知ってか知らずか「中学生式」。
ようするにガキのような、というニュアンスがあるようで、
それを言い表す言葉を既に開発していたサブカルチャーの先見性をも示すものなのかもしれない。


それらの文学作品は、現実感の喪失のもとで書かれているがゆえに、
「なぜ人を殺してはいけないのか」などというような、筆者にしてみれば信じられないような、「常識の底板を兵器で踏み抜く過激さをもつ」、言い換えればガキのような(恐らくそういう意味で中学生なのだ)問いを立てる。
勿論そういった問題はドストエフスキーを始めとして、様々な文学作品で扱われてきたが、
それに比して現代の作品は考察が足りない――言い換えれば、
暴力という主題を正面から引き受けていない、というのが最終的な筆者の主張である。
そして正面から引き受けた時、少年犯罪に対する解決法も見付かる、ということなのだろう。


こういった見解には、筆者の懐古主義と、若い世代への偏見が見えて主観的にすぎるきらいはあるものの、
純文学における暴力という主題の増加、その性質の過去と比べた変化を指摘して見せている点は非常に興味深い。