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【最近読んだ本】
小島アジコ『アリス イン デッドリースクール』(麻草郁原作、電撃コミックスEX、2015年)A 麻草郁原作の戯曲を基にしたコミック。平和なのんびりした時間を過ごす女子高に、3話目のラストにて突然あらわれたゾンビ。漫才コンビをめざす優と信子をはじめ、何とか逃げ延びた生徒たちは屋上に立てこもるが、ゾンビの感染は予想外に速く、彼女たちも何人かが侵蝕されはじめ、状況は刻一刻と悪化していく。生き残った者たちは脱出を試みるが――
コメディアンが状況の外側に立ち、世界の終末を見届ける――という構図は、最近は田村由美の『7SEEDS』にもあったし、古くはシェイクスピア劇の道化までさかのぼるだろう。ここには「笑いが世界を救う」という信念があると思う。実際本作では、笑うことでゾンビの発症を抑えられるという噂も紹介され、「ええ、大阪ではそれでもう何人も進行がとまって……」「また大阪か!!」「?」「あっ気にしないで下さい、ただの映画ジョークっス」というネタがある。
笑いはこの作品においても秩序側と崩壊した世界のいずれにも属さないが、そういった「笑い」への信頼が信用できないものになっている現在、何とかみんなを笑わせようとする優たちは、余計悲痛なものになってしまっている気がする。
滅亡に向う世界をコミカルかつはかなげに描き、小島アジコの絵柄はコミカライズとして成功している。
ジョン・ハットン『偶然の犯罪』(秋津知子訳、早川書房、1985年) A
今年一番面白かった小説はこれかもしれない。あらすじがなかなか読ませるので、長いが引用してみる。
殺人事件の捜査など、コンラッドにとっては無縁のもののはずだった。有能な教師にして模範的市民、現代の甘やかされた若者や堕落した同僚たちの手本となるべき廉潔な人格者。だから、あの晩ポルノ雑誌を買ったのも、ポルノ映画を見たのも、ふとした出来心にすぎなかったのだ。妻との間に隙間風がたち、学校の合併問題によって将来に不安がきざした時、ちょっとした気晴らしを求めたくなって、何が悪い? そしてそのあと、ヒッチハイクの女の子を何がしかの期待をこめて生まれて初めて拾ったことだって、一体何が悪かったというのだ……?
だが、その夜コンラッドの運命は大きく狂ってしまった。荒地で二度までも起った少女強姦殺人事件。あろうことか、彼は容疑者として巻きこまれてしまったのである! 醜聞をおそれ、警察に小さな嘘をついたために、コンラッドはずるずると、アリ地獄のような深みにはまっていった――!
英国の師範学校を舞台に、辛口のウィットにあふれた人間描写と鋭い心理描写をちりばめ、緻密かつ意外なプロットで描きあげた傑作サスペンス! 英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞受賞。
なんとなく、小谷野敦が好きそうな気がする。あと、三谷幸喜にドラマ化してもらいたい。コンラッドの関心は、学校が大学に合併されて自分がポストを喪うのではないかということにあるが、新しいポスト獲得のための運動に専念しようとするコンラッドの前に、刑事たちは執拗に事件の捜査と称して現れ妨害する。そして彼らの捜査は、コンラッドの全く知らないところで、円満と信じていた夫婦仲の危機も進行させていく。そのしつこさが、あたかも古畑任三郎が推理ミスをして無実の人間を追いつめていくような悲喜劇となっているのだ。ひとつひとつは小さな不運なのだが、それがコンラッドも知らないところでやがて積み重なって彼を地獄へ引きずり込んでいくのが実にうまい。
あらすじは幾分同情的だが、翻訳者の秋津知子はあとがきでコンラッドに憐れみを感じると留保をつけつつも、「利己的で、独善的で、卑劣で、なんとも鼻もちならぬ人間である」と手厳しい。これは読み手の男女差ということもあるかもしれない。個人的には、なんとかインテリとしての体裁を取り繕おうとしてことごとく失敗するコンラッドは、プライドの高さゆえに逆に滑稽で、ひたすらカッコ悪く同情しきりであった。山下和美『天才・柳沢教授の生活』の柳沢教授は笑われながらもどこか気品があったが、こちらはポルノ映画を最後まで観て偉そうに批評したり、ナンパをしても若者に見向きもされなかったり、自分の良心にそむいていないか心中で問いかけながらつい嘘を重ねてしまったり、笑ってしまうくらい惨めである。これでもかと繰り返されるカッコ悪さのいくつかは、誰しも多少身に覚えのあるところなのではないか。
ハラハラしながら、一体これがどう落着するのかと思っていたら、ラストは多少急ぎ足になってしまったのが瑕といえば瑕。まあこうでもしないと終わらせようがなかったというのは理解できる。あえて難をいうとすれば、死んだ娘が自分が車に乗せてあげた娘と別人だと全く気づかなかったのは何なのか。新聞記事で写真とか見なかったのか?
ストーリーテリングはなかなか上手い作家で、ぜひ他作品も読んでみたかったのだが、一作目は未訳で、本作以降は作品はないらしいのが残念。