DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

 高河ゆん『飢餓一族』(学研ピチコミックス)を読んだ。
 高校2年の花園聖子は、文芸部部長として部誌の編集に熱心だが、自分は作品を書いていない。それは、文章を書くとひどく「おとめちっく」なものになってしまい、小説家の母親に笑われてコンプレックスを持っているためだった(ちなみにペンネームは綾小路綺羅)。そんな彼女の文章を「女の子らしくていい」と褒めてくれたのが、生徒会長の日柿全次郎。それに感動した聖子は、彼の告白を受けいれて付き合い始めるが、彼にはある秘密があった……
 書かれたのが92年〜93年というバブル絶頂期で、クラスメイトが株主優待等を駆使して海外旅行に行っていたりするあたりが何ともいえない。聖子のクラスメイトが彼女のアドバイスでどんどん小説家デビューしていくのもその一つだろうか。
 この作品、非常にすっきりと読み終えたのだが、よく考えてみるととても変な話である。
(以下ネタバレ)
 タイトルでなんとなく察しがつく気もするが、全次郎の一族は、満月の夜に激しい空腹に襲われ、人間を食べたくなる呪いをかけられている。これは、彼の先祖の領主が民を虐殺し、彼を裏切った妻も殺した罪のせいだという。だからこの一族の妻になった者は(多分子どもが出来てから)殺される運命にある。全次郎はその生贄のために、聖子に声をかけたのである。
 それを聞いた聖子は、伝承を否定して、結末をハッピーエンドに作り変える。愛する妻の死で領主はみずからの非を悟り、それからは善政を行う。そして妻も謎の薬で蘇ってハッピーエンド。
 これで幸せな二人を描き、なぜか物語は終わってしまう。しかしよく考えると彼女はこれを「言う」だけなので、別に彼らの直面している「現実」が変わるわけではない。にもかかわらず読者がこれを読んで何か納得してしまうのは、冒頭の「乙女ちっくでメルヘンな文章しかかけない」という聖子の設定が、見事に伏線として回収されるからに他ならない。
 その鮮やかな回収、しかも意外な要素が伏線だったことへの驚きのうちに我々はこれを読み終えてしまう。多分そのまま読み返さなければ、なんとなくいい話で終わった、という感想を持つだろう。この物語は内容ではなく形式の美しさによって、読み流すだけなら名作の読後感を与えてくれる。よく読むと思わせぶりながら未回収の伏線が多数あるし、矛盾も見られて、いろいろな意味でバブルの時代の物語なのだという感じではある。
 個人的には文語的・中性的な口調で話す聖子が結構好き。「私は編集のほうが好きなんだよ」とか「私は君を見るとなにか気になって思いだしそうで それをつき止めたいから……」とか。個々で抜き出すとそうでもないか? ラブシーンでは女性っぽい語り口調になってた気がする。
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