DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

源氏鶏太『永遠の眠りに眠らしめよ』B、ジャック・カーティス『グローリー(上・下)』B

【最近読んだ本】

源氏鶏太『永遠の眠りに眠らしめよ』(集英社文庫、1985年、単行本1977年)B

 サラリーマン小説の草分け的存在として知られる源氏鶏太が、作家人生の後期に手掛けた怪奇小説のひとつ。

 主人公は、ある日突然、社長の急死によりその後釜に座ることになった男。専務という立場に満足していた彼は思いがけない幸運に喜ぶ間もなく、次々に奇妙な事態に見舞われる。出世競争に敗れた昔の友人がふらりと現れ嫌味を言って去っていったかと思うと彼がすでに死んでいたことがわかったり、社員の一人が突如凄惨な自殺を遂げたり。謎の女、既に死んだはずの人たち、生霊、互いに矛盾した現象、ドッペルゲンガーめいたそっくりさん、白日夢といった不可解な出来事の連鎖の末、彼は同じ現象に見舞われていた秘書とともに、すべての事象をつなぐ驚くべき真相を突き止める――

 さすがにベテランだけあって読みやすく、つまらないことはないが何しろ長い。さっき会った人は幽霊でした、街で会った人がXXに見えたけど別人でした、さっきXXと会って何か意味深な話をしたけどあれは夢だったかもしれないという、主要人物が半分以上果たして生きているのか死んでいるのかすら何一つ確かなものがわからない、しかもよく似た展開がずっと続く。これはやはり連載小説だから行き当たりばったりに進んでいるのかと思ったら、著者には珍しい書下ろし小説だという。読んでも読んでもなかなか終わりが見えないのは迷宮めいてそこはかとない恐怖ではあったが、まさかそれを狙ったのではないだろう。

 ばらばらの出自を持っていると思われた主要キャラたちの先祖が、実ははるか昔になにか関係があって、それが現代の彼らに影響しているらしいという、徐々に見えてくる真相は面白いが、最後は淡路の呪われた一族という、やたら具体的なところに行きついてしまったのは驚いた。同じく血筋というものを主軸に据えることが多かった横溝正史だったら架空の島や村が舞台だが、ここではそれすらしていない。淡路島内の地名は流石に架空のようだが、やはり人によっては良い気持ちはしなかったのではないか。

 物語の構造としては、ある日突然に分不相応な地位についてしまった男が、内心に抱いたうしろめたさを克服して立派な社長となる――という話を怪奇小説として描いているということになるだろうか。秘書が同じ立場に置かれるために「仲間がいる」という心強さから多少恐怖や孤独が薄れてしまったのが惜しい気がする。やはり怪奇現象は一人で逃げ道のないものが一番怖い。

 

ジャック・カーティス『グローリー(上・下)』(長野きよみ訳、ハヤカワ文庫、1990年、原著1988年)B

 目の前にいるのに姿が認識できない殺人鬼、という冒頭は魅力的である。風呂の最中に殺される女性というのは、多少『サイコ』を意識しているのだろうか。

 イギリスを舞台にサイコホラーとポリティカルサスペンスの融合……というとどんなかと思ってしまうが、ある政治的陰謀のため口封じに雇った殺し屋が実はサイコキラーだったという話。主人公はアル中の元刑事で、殺人鬼が残したわずかな手がかりを辿っていった末に、アメリカや中南米の某国の政治経済を揺るがす巨大な陰謀に迫っていく。

 つまらなくはないが、やはり二つのジャンルの食い合わせが悪い印象。ポリティカル・サスペンスでは、人間は合理性に従って生きる(ことになっている)ため、物語に入り込んでくる不合理性がドラマとなるのだが(家族を守るために敢えて不利益な行動を取るとか)、サイコホラーはむしろ不合理な行動こそがメインであり、その中に実は合理性の芯が通っていることが恐怖を煽るという、ベクトルの異なるジャンルである。そのためサイコホラーパートとポリティカルサスペンスパートはあまり交わらずに終わってしまう印象だった。

 実際のところサイコキラーが依頼と関係なく欲望に任せて殺人を続けたせいで、解決の糸口が見つかってしまうのだから、国際政治をコントロールしていたつもりが、アル中の元刑事ひとりに追い詰められてしまう政財界の大物たちはたまったものではなかっただろう。妻を突然の事故で失い、ショックでアル中になった元刑事が、事件をきっかけに立ち直ろうとして、何度となく酒に溺れそうな危機を迎えるのが一番ハラハラしたかもしれない。