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邦光史郎の『大氷結』(徳間文庫、1990年、単行本1979年)を読んだ。
経済小説・歴史小説で多数の作品を書いた邦光史郎(1922-1996)による、「地球寒冷化説」をもとにした破滅SFである。地球の未来を描いたSFとして、温暖化した世界を描いたものは、オールディスの『地球の長い午後』を古典として多くみられるが、寒冷化説によるSF小説というのはあまり多くない気がする。読んだことがあるのは福島正実・眉村卓の『飢餓列島』(1974年)くらいか。核戦争後の地球は「冬」のイメージが多い気がするが、これは寒冷化説とは別物とみるべきだろう。
現在は温暖化説が優勢とはいえ、昔は根本順吉や西丸震哉など、寒冷化論者も有名どころがいたわけだし、彼らの著書の数からみても、完全に無視されていたわけではないだろう。それにもかかわらず、それをもとにSFを書いた作家はほとんど見当たらない。
まあしかしそれも、これを読めば当然というべきか。寒冷化していく地球を描いて、面白い作品を書くのはどうにも難しいようなのである。
読んでいて、『飢餓列島』もそうだったが、ひたすらに暗い。冒頭、鮭が南の浜名湖まで遡上する――つまり鮭が遡上する「寒い」ラインがそこまで南下している――という、多くの人間には一見「些細」な現象から始まり、小松左京『日本沈没』や谷甲州『パンドラ』のような堅実な導入に見えるが、その直後、日本が五月の大雪という惨事に見舞われ、同時期に世界各国が寒波に襲われ、寒冷化が誰にも感じられるレベルで進行していく。このあたり、少々急ぎすぎな気もするが、全一巻ではしかたない。これにより日本の生産力は半分以下に激減。諸外国を頼ろうにもどこも同じような状況で、政府も有効な手を打てないまま、その年の冬、東京は雪に没する。
つてのある者たちは南へ脱出し、それもできないものは凍り付いた都市で暴徒化していく。打開策を見いだせない政府に怨みが集中し、発足した新政府もすぐに倒され、テロリズムが横行し、次々に犠牲者が出ていく。
ほぼ『飢餓列島』と同じ展開で、何の打開策も示せない点も同じである。これは「寒冷化」という敵があまりにも巨大すぎることによるものだろう。災害パニックものというと、台風や地震などは何のかのいっても局地的なものだから、そこから脱出するのが物語上のゴールとなりうるし、怪獣などは原因が目の前にはっきりしているから、怒りのぶつけようもあるが、地球全体の寒冷化ともなると、これは敵がはっきりしないし逃げ場もない。
温暖化と対比しても、温暖化後はまあ、文明は崩壊するにしても、熱帯化した地球では「自然」が復権し生命を謳歌、一部の人類がその中でたくましく生き延びていく――というようなヴィジョンが多い。日本でも、池上永一『シャングリ・ラ』やアニメの『翠星のガルガンティア』など、そういうイメージが定着している(実際にどうなるのかはわからないし、そういった「繁栄」の裏では相当な種の生物が絶滅するのは間違いないのだが)。対して寒冷化となると、生き残る種はごくわずかになってしまい、温暖化後のエネルギー過剰な世界のヴィジョンとは対極になり、読む方もどうにも元気がでない。
実際、『大氷結』にせよ『飢餓列島』にせよ、理性的に対処しようとする者たちは次々に力を喪って志半ばでたおれていき*1、最終的に力をもつのは、狂気や宗教といった、不合理な情熱である。それは現実に根拠を持たないがゆえに、寒冷化の現実に会っても力を振るえるが、それが示す未来は絶望でしかない。
本書はSF小説に分類できるものであるが、小松左京などと比べると読後感がやはり一歩劣る。それは、小松左京のSFが、『日本沈没』『復活の日』『さよならジュピター』等々が、滅亡や災害を、神の裁きや人類史上の意義を持つ試練として壮大に描く、宗教文学・啓示文学的な性格をもつものであるためと思われる。これは彼がダンテ『神曲』を頂点とするイタリア文学科の出身者であることと無関係ではないだろう。小松左京の描くSFにおいて、主要人物たちはかすかな予兆から「異変」を察知し、そこから先は本人にもよくわからない(ほとんど宗教的な)情熱をもって、私利私欲を捨てて、自分たち人類を呑みこもうとする危機に立ち向かっていく。そういった宗教性は、邦光史郎にはない。人びとは誰も未来を見通せず、まさか「そんなこと」はないだろうと思いつつ、場当たり的な対処をするにとどまり、最終的に「破滅」を迎える。しかし、それが本当の破滅なのか、来年もそのままなのかは誰にもわからない。
本当はそういう作品のほうが現実的なのであって、変に予言めいた小松左京のSFはもう脱却すべきなのではないかと思うのだが、やはり読んで圧倒的に面白いのは小松左京のほうなのである。
- 作者: 邦光史郎
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 1990/01
- メディア: 文庫
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