ジェイムズ・サリス『黒いスズメバチ』B、リチャード・プレストン『ホット・ゾーン』B
【最近読んだ本】
ジェイムズ・サリス『黒いスズメバチ』(鈴木恵訳、ミステリアス・プレス文庫、1999年、原著1996年)B
ニューオーリンズを舞台に、黒人の私立探偵を主人公としたハードボイルドという異色作。時代は60年代末で、人種差別が公然とまかり通る一方、それに対する反対運動も過激になっている時期であり、主人公もまたそれにいやおうなしに巻き込まれる。
正直、描かれる事件自体はたいしたものではなく、それを通して時代や社会の雰囲気を描くことにこそ焦点がある。黒人であるがゆえに調査を妨害されるような目に遭っても、目の前でどれだけ理不尽な悲劇が起こっても、語り口はあくまで淡々としており、それこそがやりきれない諦念を感じさせる。
これ自体はシリーズものの3作目で、他にも何作か訳されているようだが、全作を紹介されるには至らなかったようである。もともと60年代にはニューワールズなどで質の高いSF短篇を書いていたという話もあり、もっと紹介が望まれる。
リチャード・プレストン『ホット・ゾーン』(高見浩訳、小学館文庫、1999年、原著1994年)B
本書はかつて日本でもベストセラーとなり、映画『感染列島』はじめパンデミックものに大きな影響を与え、最近になってコロナ禍により再び注目されている、致死率90%のエボラウイルスと人類の攻防を描いた傑作ノンフィクション……のはずだったが、実際のところ「人類」というより「アメリカとエボラの攻防」といったところである。
作中で、エボラウイルス自体はアフリカですでに発見され、いくつもの村が全滅するほどの被害が出ているのだが、それについては歴史として触れられるのみ。本書ではアメリカ国内でエボラウイルスが発見され、それをいかに封じ込めるか、というところに主眼がある。アメリカ国民が読めば、自国の危機とそれをいかに回避したかという報告として読めるだろうが、他国の人間の立場からは、著者の興味はあくまで「自国に」エボラウイルスが入り込むかどうかしかないように見えてしまう。同じくアフリカの熱帯雨林で発見されたとみられるエイズウイルスとの対比など、単にエボラにとどまらない、人類とウイルスの歴史への視点など文明論的な考察も提示されるものの、やはりアメリカの読者が対象の本という印象はぬぐえない。
と不満を抱いてしまうのは、個人的にパンデミック小説で好きなのは、序盤で誰も気づかない内にウイルスが社会の中でひそかに広まっていき、読者だけが気づいているのに何もできないまま悲劇が進行するという、読んでいて「あーあーあー」となるところなのだが、それが薄くてすぐに対策に移ってしまうのが期待外れだったということなのだが――まあ、ノンフィクションにそれを言っても仕方ないのかもしれない。
それにしても、ウイルス小説といえばこういった致死率が高いウイルスが出てくるのが定番だったのに、実際に世界をひっくり返したのが、コロナウイルスのような「弱い」ウイルスであったというのは、ウィルス小説界としては痛恨事だったろうというのはよく言われる。今後のウイルス小説はどうなっていくのか、いまだに答えは出ていないように見える。コロナ禍、あるいはアフターコロナの世界で最初に「古典」を生み出すのは誰なのか……