DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

辻村深月『琥珀の夏』B、宇月原晴明『安徳天皇漂海記』A

【最近読んだ本】

辻村深月琥珀の夏』(文藝春秋、2021年)B

 自分で考えることができる子どもを育てることを標榜し、森の中で共同生活を送る団体・<学び舎>。カルト集団と批判されながらも存続していたその森で、30年以上前の女子児童の白骨死体が発見される。かつてそこで行われたサマースクールに参加したことのある女性が、弁護士としてかつての記憶と向き合い、その団体で何が起こっていたのか、かつての友人がその後どうなったのかを探っていくことになる。

 おもしろいのだが、ミステリとしても社会派小説としても中途半端であり、どちらも解決はされない。作品の主眼はそこにはないのだと思う。なにしろ当事者はかつて小学生であり、別に<学び舎>の「理想」に共鳴して参加したわけではない。大人たちの思惑で参加させられ、子ども時代をめちゃくちゃにされたまま、彼らは30年以上を生きてきた。40歳をすぎて彼らに救済はありえるのかが、作品を通して問われていく。気楽なエンタメを期待して読むと、意外な重さに戸惑うことになるかもしれない。

 ただ読み終えたあと読者が自分たちで考えるには、子どもからの視点に限定されすぎていて、いまいち団体の姿は茫漠としている。団体の内部を語るときはやや作者のつよい思い入れを感じることもあっただけに、もう少し踏み込んで全体像がわかるような描写がほしかったところである。

 

宇月原晴明安徳天皇漂海記』(中公文庫、2009年、単行本2006年)A

 壇ノ浦で海に沈んだ安徳天皇が、実は天皇家に伝わる神器・「真床覆衾(まことおうふすま)」によって護られていた。言ってしまえばコールドスリープ装置のような、琥珀の玉の中で幼い姿を保ったまま眠るように生き続ける彼は、運命に導かれて源実朝と出会い、やがて宋の滅亡や元寇とも誰も知らぬ形でかかわっていくことになる。

 久しぶりに読んだが、去年一年『鎌倉殿の13人』を見て、今年に入って田中芳樹の『海嘯』を読んだおかげで、昔読んだときよりもはるかに理解がはかどった。

 たとえば、

 身につもる罪やいかなる罪ならむ今日降る雪とともに消ななむ

 

 実朝さまがこのお歌を詠まれたと知った時の私の胸中を、どうかお察しください。

 身に積もる罪。

 江ノ島の龍穴の奥に眠る安徳さま。琥珀の玉に封じられた幼きお姿に、修禅寺で暴れお狂いなされた頼家さまの無惨な死に顔が重なるようです。後ろには、平家の一門、頼家さまのご妻子とその後ろ楯であった比企一族の屍も浮かんでおりましょう。

 それだけではございません。義仲さま、義経さま、範頼さま、奥州藤原一族、梶原景時さま、阿野全成さま、畠山重忠さま、平賀朝雅さま……源家が外と内におびただしく流した無念の血、そのことごとくがご一身に積もっていくのです。(p.57)

 という簡潔な記述のうしろに、どれだけの悲劇がかくされていたか、ようやく実感できるようになった。そうして、日本と中国の滅びの物語をつなげる壮大なヴィジョンに圧倒されるのである。平家の滅亡と宋の滅亡の相似は『海嘯』を読んだときに自分でも考えたが、それがこんな風にマルコ・ポーロを介してつながるとは思わなかった。400ページに満たない小説の中に平家滅亡から元寇までの歴史を封じ込めた、稀有の物語である。