DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

三好徹『幕末水滸伝』B、林青梧『足利尊氏(上・下)』A

【最近読んだ本】

三好徹『幕末水滸伝』(光文社文庫、2001年、単行本1998年)B

 史伝小説の多い三好徹の中では珍しく、架空の剣士・香月源四郎が主人公。幕末の江戸で剣の道を追究する彼を狂言回しに、福沢諭吉小栗上野介勝海舟清河八郎中村半次郎山岡鉄舟坂本龍馬今井信郎などなど、維新のそうそうたる面々が現れては消えていく。

 大河ドラマの主人公のごとく、有名人がことごどとく源四郎に惚れこんでなにかとかかわってくるのだが、なにしろ源四郎自身は歴史には名を残さないことになっているから、彼らに仕官の道をすすめられても全部ことわってしまう。読んでいる側としてはもどかしいところである。それに、連載したときに明確な続きものではなかったのか、長州征伐のときに使者となった勝海舟の用心棒になったり、勝海舟渋沢栄一らとパリに行くようにすすめられてその気になったりするものの、次の話ではなにごともなかったかのようになっていて、ストーリーもよくわからない。

 とはいえ、激動の時代の中で純粋に剣の道を究める源四郎はそれなりにさまになっている。最後は彰義隊に参加して行方不明となるが、どうせなら士族反乱あたりまで生き残ってほしかったものである。

 

林青梧『足利尊氏(上・下)』(人物文庫、1997年、単行本1984年)A

 ちかごろ話題になった『逃げ上手の若君』は、北条側に比して足利尊氏らがキャラとして面白いものになりそうもなく期待はずれで、なにか面白いものはないかと思って手に取った。吉川英治の『私本太平記』は、楠木正成の死(1336年)をもって実質的に終わっていたのが不満であったが、本作では正成は下巻の冒頭であっさり死に、その後の新田義貞らの戦いを経て、足利直義の死(1352年)あたりまでが詳しく描かれているのが素晴らしい。敵味方が入り乱れる興亡はとてもわかりやすいとは言えないが、後醍醐帝を尊治と呼び、天皇といえども拙劣な作戦に対しては「愚か」と切って捨ててみせるあたり、天皇どころか『三国志』では後漢献帝にも敬語をつかった吉川英治とはひとあじ違う。尊氏たちの背後で南北朝の実質的なプロモーターとして北畠親房夢窓疎石があらわれ、彼らの道具として宗教勢力が暗躍するところも、北方謙三とはまた違った形の南北朝を見せてくれる。

 作者はどうも敗者のほうに思い入れがあるらしく、勝者も敗者に転じるとがぜん生き生きしてくる。高い志をもちながら尊氏に翻弄されてつまらない死に方をするなどさんざんな描かれ方の新田義貞をはじめ、大塔宮、後醍醐天皇高師直足利直義など、事態が手に負えなくなってなすすべもなく死に追いやられていく段になると、サディスティックなまでに執拗に描かれ、それが本書を魅力的なものにしているように思われる。彼らにくらべて楠木正成はあまり触れられないのだが、これに先行する『南北朝の疑惑 楠木合戦注文』に書かれているのだろうか? 彼らにくらべると楠木正行南北朝の対立を冷ややかに見る冷徹なインテリとして、終盤に北畠親房をも手玉に取る存在感をあらわしてきて面白い。

 とはいえ足利尊氏は本書でも善人であり、周りが自分に何を期待しているかを察知する能力にたけていて、それゆえに心ならずも反乱に向かうといったところ。やや単純な性格の直義ともども、定型は脱していない。義詮や直冬も活躍の場がなくて中途半端であり、全体に足利一族は南北朝狂言回しに過ぎず、妙に精彩を欠く。直義の死後はやや駆け足になってしまい、楠木正儀ら次世代の戦いも描いてもらいたかったものであるが、予定はあったのかどうか、今となってはかなわぬ願いである。