DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

下川博『弩』B+、ジュリー・ベリー『聖エセルドレダ女学院の殺人』B+

【最近読んだ本】

下川博『弩』(講談社、2009年)B+

 買ったのはだいぶ前だったのをさっと読めるかと思って気まぐれで手に取ったら、これが意外におもしろかった。

 思うにこれは宣伝がよくない。タイトルの「弩」は確かにこの小説でガトリング砲なみの威力を発揮して活躍するものの、必ずしも物語の中心にあるわけではなく、タイトルに偽りありである。また帯に、『七人の侍』の再来のように書かれているが、それだけではない広がりをもっている。また北上次郎が一文目から素晴らしいように書いてあるが、正直それはあまり惹かれなかった。しかしこれらを批判しつつ良い宣伝がありうるかというと、とても難しい。飯島和一なみの壮大なひろがりをもちながら、とても読みやすい。

 物語の舞台は南北朝時代因幡国の小さな村である。鎌倉幕府が滅んで、あらたな秩序が作られていく中でその村は、自分の理想をもとに桃源郷をつくろうとする僧や、商売への夢をもつ若者たちの努力により、独自の発展を遂げていこうとする。しかしうまくいくかに思われたとき、かつての支配者たちが武力により村人を征服しようとしてくる。村人たちは、楠木正成の残党の力を借りて、強力な弩や楠木流の計略をもって対抗する。ここで一進一退をくりかえしながら勝ちへ進めていくのがハラハラして良い。

 とはいえ戦いはほんとうに最後の最後に置かれ、そこにいたるまでの人間模様が、南北朝時代の主要事件と寄り添う形で丹念に描かれる。それにより、彼らに確かな実在感を与えている。どこまでが実在の史料に基づいているのかわからないが、下川博はこれを書くためにそうとうな調査を行っているらしい。ときおり歴史への考察をまじえるスタイルは、司馬遼太郎を意識しているのかもしれないが、それほど過度ではない。主要な部分が終わったあとはくだくだと書かずに筆を置くのも、ややそっけないが悪くない。

 作者は1948年生まれ、長年シナリオ作家として『中学生日記』などを手がけていたのを50歳過ぎてから小説に進んだようだが、このあとは1冊出したきりで、2022年に亡くなっている。ずっと闘病生活にあったようだが、もっと作品を書けていれば歴史小説に大きな地位を築けたのではないかと思わせる作品である。

 

ジュリー・ベリー『聖エセルドレダ女学院の殺人』(神林美和訳、創元推理文庫、2017年、原著2014年)B+

 あらすじでぜったいに面白いと思って読んだら大当たりだった。

十代の少女7人が在籍する小規模な寄宿学校で、ある日の夕食中、校長先生とその弟が突然息絶えてしまう。それぞれの事情から家族の元へ帰されたくない生徒たちは、敷地内に死体を埋め、事実を隠して学校生活を続けることにする。翌日、科学の得意なルイーズの分析により、ふたりは毒殺されたと判明。生徒たちは得意分野を活かして大人に目をあざむきつつ犯人を探り始めるが……。(裏表紙あらすじ)

 かくて、殺人事件の存在を隠すべく少女たちのドタバタ劇が繰り広げられるわけだが、これがほとんどマンガである。おりあしくこの殺人事件の日は校長先生の誕生日でサプライズパーティーが企画され、校長の知人が次々に集まってくる。当然みんな校長に会いたがるからなんとかごまかさなければならない。それに長年仕えてきたメイド、近所の警察官、このタイミングでインドから帰ってきた校長の弟(ちなみに舞台は1890年のイングランドである。インドなど、誰も行ったことのない異世界に近い時代である)など、次々に起こる危機に少女たちは立ち向かわなければならない。少女たちもまた、「気転のキティ」「奔放すぎるメリー・ジェーン」「愛すべきロバータ」「ぼんやりマーサ」「たくましいアリス」「陰気なエリナ」「あばらのルイーズ」など、それぞれの個性を示すあだなをつけられ、各自の特技を活かして難局を乗り越えていく。とはいえ解説でも突っ込まれているとおり、少女たちが校長のふりをして客をだますなど(校長は女性であるとはいえ)、本当にうまくいくのか大いに疑問があるのだが、勢いで読まされてしまう。いくら機転をきかせても、やはり子どもなのでどこか抜けているのもハラハラしつつおかしい。

 殺人事件の隠蔽という、倫理的にやっていることはどうなのか、という疑問を置き去りにしながら話がどんどん進んでいくスタイルは、最近の日本のアニメやコミックによくあるもので、こういうものが英語圏にもあるのはおもしろい。日本の作品だったら間違いなくアニメ化していたと思うのだが、そういう可能性はないものだろうか。なんとなく『レッドガーデン』のキャラクターデザインが頭に浮かびながら読んだ。

 お話もそれなりにきれいに着地し、ヤングアダルトの出自ながら読む価値のある作品である。