島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』B+、安生正『生存者ゼロ』B+
【最近読んだ本】
島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』(集英社文庫、1987年、単行本1984年)B+
シャーロック・ホームズはコカイン中毒の妄想患者に過ぎず、医師のワトソンが彼をうまくフォローして事件を解決してやり、すべてホームズの手柄として小説化したのがホームズ物語である――というのは、島田荘司のデビュー作『占星術殺人事件』で御手洗潔に言わせていたと思うが、それを実際に作品にしたものである。
本作では留学中の夏目漱石まで登場し、漱石の手記とワトソンの手記から、ホームズの正体が明らかになっていく――という趣向。
ホームズ像が解体していく前半はなかなか良いが、完全に妄想患者のホームズはおかしいというより痛々しいくらいで、単純には笑えないところがある。それに、話に慣れてくる後半はやや退屈。事件自体はそんなにおもしろくないというところに問題がある。
とはいえホームズにはまったことがある人は、一度は読んでおいて損はない作品であると思う。
安生正『生存者ゼロ』(宝島社文庫、2014年、単行本2013年)B+
ひとつの村の住民を一夜にして全滅させる威力をもつ未知のウィルス、政治闘争に敗れて研究の道を断たれた感染症学者、後手に回り有効な手が打てない政府首脳、危機を感じていながら権力をもたないがゆえになにもできない自衛隊員――など、最近読んだ鷺宮だいじん『東京異世界戦争』(電撃文庫)を彷彿とさせるスタンダードなパニック小説として始まる。読みやすい文章で、なかなか明らかにならない「災厄」発生の法則や、失った家族の復讐に狂気に陥っていく感染症学者など、混沌としていく状況にどう解決をつけるのかと読み進んでいって――
で、見事にだまされた。これらが目くらましになって、もっと大きなネタを隠していたのだ。さすがにこの「真相」は、その場にいれば誰か気づいたんじゃないかと思わなくもないが(遺骸が大量に残りそうだ)、読んでいる分にはまず思いつかないだろう。そこからジャンルががらりと変わって急転直下の解決に至るのも見事である。
なにも知らない状態で読みたい怪作である。
あと作者が建設会社の重役だそうで、何者か気になるのだが、まだ明らかにはなっていないらしい。