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ポール・オースターの『幽霊たち』(柴田元幸訳、新潮文庫)を読んだ。
私立探偵のブルーはホワイトの依頼をうけてブラックという男の監視を始める。
創作メモでも読んでいるような気分。事実の積み重ねとそれに伴う感情が、勿体ぶることなく淡々と語られる。明かされない真相は最後まで明かされず、それ以外の事実はその場で無造作に明かされる。
この物語で、「現在」は抽象化されていてとりとめがない。人名はブルーやブラックなど色で記号のように表され、「いま」を書き留めた調査報告書には貧弱なことしか書かれない。
一方でたびたび言及される「過去」は具体的である。ニューヨークを舞台に実在の映画、橋、文学をめぐるエピソードが挿入され、それにより年代も特定される。そしてそういった具体的な「過去」について語り合うことで、人は他人とつながりを持つことができる。しかし「過去」が立ち現れてくるとき、それはディティールを失った抽象的な存在(幽霊)でもある。逆にだからこそ「現在」に参加できるのだとも言える。
こういった距離感覚は確かに、カフカやディックらの徹底した絶望的な世界より現実の姿に近いかもしれない。現実は彼らが暴いたように不確かかもしれないが、そうは言っても一晩寝ればぼくは明日になればまたぼくとしての一日を迎えるのも確かである。
最後にブルーはそうした状況の突破を試みる。しかし、それが成功したか失敗したかは「未来」に丸投げされる。その辺、少し拍子抜けなラストではあった。
よくわからなかったのが主人公ブルーの恋人「ミセス・ブルー」の存在。彼女はのちに妻となるためこう呼ばれるのだが、二人の仲は物語中で破局を迎え、それっきり登場しない。これは物語が終わった後によりを戻すことが確定しているということなのか、それとも「予定は未定」だったということなのだろうか。
- 作者: ポール・オースター,Paul Auster,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1995/03/01
- メディア: 文庫
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