DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

 津本陽の『わが勲の無きがごと』を読んだ。
 物語の中心となるのは、ニューギニア戦線から生還したある男。戦後、平穏な日々を送っていた彼は、ある日ふとした事故で死んでしまう。彼の義弟が語り手となり、存命中は明かされることのなかった彼の内面が暴かれていく。
 テープに残された戦争体験を語ったインタビュー、記憶にあったそれと矛盾する言動などを分析していくうちに、男がひた隠しにしてきた過去が明らかになっていく。構造はミステリ的であるものの、解明が多少スムーズすぎるのと、こういった主題ではもはやありきたりな「人肉食」のグロテスクさに作品がよりかかっているため、少々インパクトに欠けていた気がする。彼は普段物静かで誰に対しても敬語で話すような人物で、一方金銭への強い執着を示すような二面性をもち、それがニューギニア時代の悪夢によって統合されていく過程はうまく見せればスリリングではあるだろうが、この話では男の戦友という人物が酒に酔った勢いであっさりばらしてしまうので拍子抜けしてしまう。
 同じようなテーマでは、古処誠二の『ルール』が挙げられるが、こちらはタブーを犯したことへの原罪への意識より、それを隠そうとする小市民的感情が中心に描かれていたため、現代を生きるわれわれにも理解しやすくなっていたと思う。
 しかし最後の、男の戦友が暮らす田舎の屋敷から見える大きな池が熱帯のジャングルと重ね合わされるシーンなど、戦争体験のない人間が悪夢を追体験していくような描写も随所に挟まれ、良くまとまった現代人のための戦争文学という感じだった。ただ、たとえば結城昌治などと比べたとき、淡々とした語り口のせいで、世界の過剰さや時代への悪意が欠けて見える点で読後のインパクトに欠ける。