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田名部宗司の『幕末魔法士』(電撃文庫)の第1巻を読んだ。
サブタイトルがMage Revolutionとあるように、明治維新を魔法使い(メイジ)が起こしたら、というコンセプト。適塾を中心にシーボルト経由で西洋魔術が移入されているらしき日本が舞台で、適塾門下生の優秀な魔法使いと、シーボルトの孫であるはみ出し者の少年が主人公。架空戦記的な発想であるが、魔法があることで歴史がどう変わるかをシミュレーションするというわけではなく(西洋では「魔法革命」が起こってるらしいので世界レベルで見れば少しは違うかもしれないが、少なくとも日本では大した違いは見られない)、「世の中を一変させる可能性のあるある魔法」をめぐる陰謀劇という、ひどくスタンダードな話が手堅く展開される。
この架空日本の歴史は教科書の年表に載っているような大雑把な事項については変わらず、その裏で実は魔法士と呼ばれる存在がかかわっていた、という形で進むようで、実際の歴史とは付かず離れず、並行線を描く形になっていく。一応2巻以降では新撰組や坂本龍馬なども出てくるようだが、その傾向は変わらないらしい。どうせなら魔法の存在によって大きく軌道をそらしていく日本の姿が読んでみたかったものである。二・二六事件を宗教革命として描いた小説は野阿梓ほか何冊かあったはずだが、江戸時代末からの天理教などの新興宗教の興隆を考えると、オカルトによる明治維新構想というのもありえたのではないかと思うのだが。もっともそれは、この年齢で多少知識を付けてから読むからいえることであって、もし知識のない高校時代に読んだらよくわからなかっただろうが。今現在も適塾のことは全然知らないので、いい機会なのであとで広瀬仁紀の『適塾の維新』でも読んでみようか。なかなか古本屋にもないけど。
しかしこの作品、悪い意味で書きなれた印象がある。どこかで見たような要素をうまく組み合わせてそれなりに読みやすく、また面白くまとめているが、要領が良すぎてかえって安心して読めてしまった。一応サスペンスもののはずなのだが。
本作の主な魅力はむしろ、主人公二人の喧嘩してばかりのやり取りで、それとても意外性のない、定番どおりに進む安心感に基づいている。また、それと比較すると、設定や彼らを巻き込んでいく事件の話になると、あまり悪役に凄みがないせいで物足りなさを感じた。あまり大局的な視野の議論を魅力的に描くことに長けていないのか、作者がまだ導入というつもりで今後そういった話題が中心になってくるのかはわからないが、1巻を読んだだけでは普通の良くできたファンタジー作品にとどまり、異世界を舞台にしたほうが表面的な部分に惑わされずに読めたような気もして、わざわざ幕末を舞台にした意義がいまいちつかみかねた。まあそこはまた、今後に期待というところ。
- 作者: 田名部宗司,椋本夏夜
- 出版社/メーカー: アスキーメディアワークス
- 発売日: 2010/02/10
- メディア: 文庫
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