DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

【最近読んだ本】
アーサー・C・クラーク『天の向こう側』(山高昭訳、ハヤカワ文庫、1984年) A
 クラークの1947年〜1957年の10年間にわたる短編を集めた作品集。
 やはり「90億の神の御名」であろう。ショートショートといえる長さの短編であるが、ラマ僧とスーパーコンピュータという意外な取り合わせに始まるこの物語は、科学であると同時にオカルトでもあり、ホラーであると同時にファンタジーでもあり、古代であると同時に未来でもあり、明快であると同時に難解でもあり、正統SFであると同時に異端でもあり、ブラックユーモアであると同時に感動的でもあり、冷徹であると同時に人情をも感じさせる――あらゆる相反する要素を抱え込んだ奇跡的な傑作である。
 他もバラエティに富んで面白い。意外といっては失礼だがストーリーテリングも巧み。正直表題作のような宇宙時代の人類を描いた作品ばかりと覚悟していたのだが、科学的な厳密さに囚われないジャンルの自由な作品が読める。中でも「暗黒の壁」は、(我々からすれば)奇妙な世界に安住する人間たちの中で、異端の若者がそこからの脱出を試みる、という古典的なパターンの作品で、既にクラークがこんなものを書いていたというのは新しい発見である。
 あと意外だったのは滅亡オチが多いということで、なんらかの形で「滅亡」を描いているのは14編中7編にのぼる。ものによってはブラックだったり壮大だったり扱い方は様々だが、読み終えた感想は「ブラック」。ブリティッシュジョークとかいうものなのかもしれないが……



津本陽『明治剣侠伝』(徳間文庫、1986年)B
 明治維新後の混乱した社会を背景に、政府の方針に不満を持つ者たちの抵抗とその末路を描く。主人公は元京都見廻組雲井竜雄に味方して捕らえられた凄腕の剣客・市川貢。国事犯として函館監獄に収監された彼は、そこで兄弟分となった商家の息子・松岡吉太郎とともに、危険な道路建設工事の使役の隙をついて脱走し(このあたりは安彦良和の『王道の狗』に展開が似ている)、追いつめられたところを元会津藩士の剣士・町田総角に助けられる。彼が率いる秘密結社・易水社は、政府転覆を狙い、各地で農民を扇動して一揆を起こしたり、血気に逸った者が単独で爆弾テロを試みるが、いずれも散発的で大規模な混乱にはいたらず失敗し続けていた。最後に彼らは初の大規模な士族の反乱と目された、江藤新平佐賀の乱に参加し、政府軍の圧倒的な武力を前に誰知る所なく死を遂げる。
 様々な不平士族が現れては消えていくが、彼らは誰も深い思想性があるわけではなく、自分が政府に居場所を得られない不満を胸に剣に生きるという風情である。死の危険に晒されながら豪放磊落に生き、西洋の武器を積極的に駆使しながらの闘いはそれなりに痛快であるが、やはり現状に目を背けたワガママという印象はぬぐえない。
 解説の小川和佑が佐賀の乱を神風連と取り違えているあたりお粗末にすぎるが、結局のところ西南戦争以外の士族反乱はあまり区別されず扱われていることを示しているということかもしれない。