DEEP FOREST/幻影の構成

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「沈まぬ太陽」のこと

映画「沈まぬ太陽」を観てきた。
なかなか良い映画だった。何しろ全5巻の大長編で手が出なかった原作の内容が約3時間でわかってしまうのだから、映画として多少長くても文句はない。
かつて航空会社の労働組合の指導者としてともに戦った二人の男。一人(渡辺謙)はその後、上層部に疎まれて海外支社を転々とし家族の心もバラバラとなり、もう一人(三浦友和)は懐柔されて組合を裏切り出世への道を邁進する。しかし御巣鷹山日航機墜落事故をきっかけに、彼らの運命は大きく変化していく。
遺族の悲痛な叫びは胸を打つものがあり、題材はハードであったが、人間像が善悪はっきり分かれていて、善人は最初から最後まで善人、悪人は最初から最後まで悪人として描かれていたため、進み方はほぼ予想の範囲内で安心して観られた。キャスティングにしても、石坂浩二は事故後の組織改善を図る誠実な企業人を好演し、西村雅彦は企業幹部として出てきて絶頂に上り詰めた挙句、最後の最後に失脚するなど、大体ほぼ見たままの役どころである。他の幹部も「踊る大捜査線」の上司なんかがいて、追い詰められる様がわかりやすかった。要するに堅実であるがゆえに、政治・経済的な話題に触れながら非常にわかりやすい反面、あまり意外性がなかった。ただ、福田和也『作家の値打ち』(飛鳥新社)によると、人物像が図式的に過ぎるのは原作によるものらしい。
また、主演の渡辺謙もインタビューで述べていたが、主人公があそこまで冷遇されても、家庭を犠牲にしてでも会社を辞めないのは、「意地」とか「家族のため」とか言われてもほとんど理解不能であった。繰り返される少々うるさいほどの正義漢的言動やそれが肯定されるラスト、ありきたりな文明批判やアフリカの大自然礼賛などとも相俟って、僕にはこれらすべてを時代の違いによるものと納得するほかなく、結局のところ作り手がどのようなメッセージを込めたにせよ、あくまで自分と無関係な時代の、空想上の物語としてしか観られなかった。現代へつながる何かを表面的には見出すことができなかったのである。
ただ一人、かつて組合で主人公たちとともに戦い、その後会社走狗として裏取引の連絡役になった男(香川照之)が、葛藤の末、最後にどのような結論を出すのか興味があったのだが、それなりな活躍を見せたにもかかわらず、あくまで裏方としてしか描かれなかったのが残念である。
結局のところ、自分を安全圏において安心して観られる大作としては申し分ない出来であったと言える。