DEEP FOREST/幻影の構成

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藤本義一の『二寸法師』を読んだ。伝奇ともファンタジーともつかない、奇想小説として楽しめた。

二寸法師 (集英社文庫)

二寸法師 (集英社文庫)

集英社文庫なので一般小説ではあるが、官能小説的な記述もあるので一応隠す)
 本書は、安国寺恵瓊を中心とした時代小説である。彼は最近、『軍師官兵衛』で珍しく大きく扱われている*1が、毛利家につかえて戦国時代を裏から操ったというその存在感の割に、小説のメインキャラとなったことはあまりない。本作はその数少ない例である。
 とはいえ本作において、恵瓊は厳密にいえば主人公ではない。主人公は、解説の言葉を借りれば、彼の「男性自身」である。父の武田信重が毛利氏に滅ぼされたことで、追跡を逃れるため僧として生きることになった彼は、仏道修行の末、自分の欲望を断ち切るために男性器を切り取る。だが不思議なことにそれは二寸(約6センチ)の小人となって、竹若丸という名で恵瓊に仕えることになる――
 男性器が突然自分の意志をもってしゃべりだす、というのは、BLで大和七瀬の『ちんつぶ』や須和雪里の『あいつ』、あとはふぐりしわ吉の『名探偵コカン』なんてものがあった*2。いずれも所有者を無視して勝手な行動をとり、なんとか取り繕おうとするのが喜劇を生む。それは一見所有者の意志に反しているようだが、実は彼らの隠された欲望の代弁者として、真の自分を解放させる役割を果たす(真面目に分析するようなものでもないが)。
 本作の竹若丸も、最初は恵瓊の欲望の化身として、里の女性に手を出して問題を起こしてばかりいたが、やがて天命に従い恵瓊を天下人にするべく、鼠の天空丸と鷲の天道丸を従えて旅に出ることになる。彼が狙ったのは恵瓊と同じ日に生まれた木下藤吉郎。竹若丸は同じ運命を持つ彼に有利な情報を流し、やがては恵瓊と手を結ばせるべく出世を手助けしていく。東から秀吉、西から恵瓊という、壮大な連携による天下取りがスタートするのである。
 この策動の合間に、竹若丸の冒険が描かれるのだが、この女性遍歴というか女性「器」遍歴が、一般小説ながら官能小説レベルでなかなか面白く、藤本義一を「『思いッきりテレビ』で静かにニコニコしていた人」くらいしか知らない身には意外に感じる。二寸法師というくらい小さいので、女性が寝ている間に股ぐらに潜り込んでいくことになるわけだが、そこで目の当たりにする女性器の形や毛の生え方に基づく人物評論というのが、筒井康隆の『俗物図鑑』に出てきたトンデモ評論家のようでユニークである。
 一風変わった色事の一方で、歴史小説部分で竹若丸のやることは、極秘情報を恵瓊や秀吉に流したり、彼らの意向を汲んで邪魔者を暗殺したりと、北方謙三であれば山の民や悪党にやらせていそうなものである。たいてい歴史小説の「強い人物」というのは、独自の情報網や、汚れ仕事専門の信頼できる部下を持っていたりするのだが、そのポジションに恵瓊の男性自身を持ってきたのが藤本義一の独創といえる。
要素をあげていくと壮大な物語ができそうではあるが、しかし本書は文庫で270ページ程度とあまり長い作品ではなく、恵瓊も途中からほとんど出てこなくなる。そのままでは歴史小説としては尻切れトンボに終わるところを、著者は最後を竹若丸の成長譚として落着させてうまく収めている。
 安国寺恵瓊は信長の死と秀吉の台頭を予見してうまく生き抜いたものの、その後関ヶ原では石田三成に味方して斬首されてしまうという無残な最期を迎えている。なぜそこで情勢を見誤ってしまったのかが昔から大きな謎として指摘されている(たとえば司馬遼太郎関ヶ原』の高坂正堯の解説――司馬もその辺は避けて描いている)のだが、本書ではそこに直接触れずにラストで暗示している――詳しくは書かないが、最後まで恵瓊が三成(というよりは秀頼)に味方した理由が明らかになるのは、結構うまい。
 本書は、自らの一族を滅ぼした毛利氏に仕えて戦乱の世に暗躍した、矛盾を抱えた僧である安国寺恵瓊の生涯と、彼の分身たる男性自身から生まれた怪物の冒険という二つの物語が、よりあわされて一つの物語になっている。それが二つの物語をくっつけただけというよくあるケースに陥らず、きちんと必然性を持ってあわさっているのが、藤本義一の巧みさである。安国寺恵瓊の欲望と理知の分裂は、義を求めつつ弱肉強食の原理が貫かれる戦国時代と重ねあわされる。論理と情熱、男と女、個人と集団、仇と主人といった二項対立は、秀頼の誕生というクライマックスにすべて呑み込まれ、江戸時代に向かっていくことが暗示される。上田秋成井原西鶴などの江戸文化を研究したという藤本は、この物語の延長として、江戸時代に何を見たのだろうか。

*1:とはいえやや小物っぽく描かれているのが不満ではある。信長がいずれ殺されることは予見していたとも言われているのだから、本能寺の変を知ったときあんなに驚いていたのはそれらしくないし、その後は官兵衛に引きずられてばかりなのも、主人公を引き立てるためとはいえ不公平だろう。

*2:誰も知らないだろうが、昔小学館学年誌に連載されていた。もちろん『名探偵コナン』のパロディである。同作者で『金玉一くんの事件簿』というのもあった