DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

芹澤準『郵便屋』B、エリック・ライト『神々がほほえむ夜』B

【最近読んだ本】

芹澤準『郵便屋』(角川ホラー文庫、1994年) B

 平凡な男のもとにある日、差出人不明の奇妙な手紙がとどく。その手紙にはたったひとこと、「ひとごろし」と書かれてあった。その不気味な手紙は、その日から彼のもとに毎日届くようになる。

 実際に確実に起こることといえば「それだけ」なのだが、男はそのくりかえしのうちに、少しずつ精神の平衡を崩し、狂っていく。手紙が届くという決まったイベントのリフレインのうちに、彼の会社や婚約者、そして中学時代に犯した罪といった背景が明らかになっていく構成はうまい。

 しかし裏表紙に「正統派ホラーの力作!」とあるが、実際のところどうか。「敵」は「ひとごろし」と書かれた手紙を毎日送るだけで(まあそれだけでも十分不気味ではあるが)、しかしそれ以外になにもしていないのである。彼を追いつめるのは自分自身なのだ。心に押しこめていた中学時代の罪、周囲の無責任な態度、あいついで起こる不審な死亡事故といったバラバラの出来事が、彼を確実に追いこんでいく。そこが、いくらでもあるようなストーカーものとは一線を画し、心理ホラーとして今でも読めるものになっている。結局、すべては妄想で、彼が考えなかった生身の犯人がどこかにいるのではないか? という可能性も、いくばくかは残されている(そもそもなぜ10年以上たって「復讐」が始まったのかは、明かされないままだったのではないか。プロローグがいつの何者だったのかもいまいち不明であったし)。

 読み終えて、本書の怖さを保証するのはやはり、手紙を毎日届けにくる郵便屋だろう。それなりの労力をかけて、毎日きまった時間に確実にくる、逃げられない存在という怖さは、なかなかメールでは再現できないのではないか。

 本書はカシュウ・タツミ、坂東眞砂子とともに、第一回ホラー小説大賞の佳作となった作品である。カシュウ・タツミともども、その後は作品がでなかったのが残念である。

 

エリック・ライト『神々がほほえむ夜』(大庭忠男訳、ハヤカワ文庫、1985年、原著1983年)B

 めずらしいカナダミステリ。トロントの大学教授がモントリオールでの学会の夜に殺害され、二つの都市を行き来した捜査が展開される。事件そのものより、イギリス系のトロントとフランス系のモントリオールの、言葉すらスムーズに通じない軋轢が捜査の障壁になるのが、この小説の趣向といえる。

 しかしむしろ楽しみどころは、面倒な捜査を押しつけられた、40代の窓際族警部の悲哀である。職場では出世の見込みがなく、家庭では嫉妬深い妻、反抗期の息子たち、厄介な舅に悩まされる日常に倦んでいる。警部は捜査にかこつけて、被害者の教え子だった女子大生にときめいてお茶をしてみたり、被害者のかよっていたスポーツクラブに入会してみたり、いっぽうで捜査に行きづまると家族に癒しをもとめたりする。えらく小市民的なキャラクターなのである。カッコいいとはお世辞にもいえないが、妙に憎めない人物で、少しは彼が報われるところが見たいという理由で、他のシリーズも読んでみたくなる。

 それにしても、地道な捜査によって浮かびあがる大学教授像は、なにか既視感があると思ったら、筒井康隆の『文学部唯野教授』である。唯一専門分野のコンラッドをしきりに引用して悦に入る教授もいれば、学生との浮気、教授同士の女の取り合い、学会出張を利用した夜の売春、あるいは大学外の趣味など、教授を戯画的に描くと、だいたい同じようになるものらしい。 

 社会派といえなくもないが、ホームコメデイという雰囲気で、250ページ程度で短めにまとまっており、読みやすい佳品である。