DEEP FOREST/幻影の構成

読書記録。週2冊更新。A:とても面白い B:面白い or ふつう C:つまらない D:読むのが有害

村上龍『五分後の世界』B、渡辺一雄『偽装買収』B

【最近読んだ本】

村上龍五分後の世界』(幻冬舎文庫、1997年、単行本1994年)B

 コロナ禍で再評価の声もある『ヒュウガ・ウイルス』に先立つ第一作。こちらはこちらで、異世界転生ものの先駆けと言えなくもない。ジョギングをしていた男が、ある日突然、時間が5分だけズレた見知らぬ日本に迷いこみ、何かの行進とともに歩いている、というスピーディな幕開けとなる。

 こちらの日本は、第二次大戦の後、連合国に分割統治されており、日本軍の残党は地下に広大な拠点を構築して抗戦を続けている。一種の宗教集団のような、高い技術力と統制の取れた国家体制の中に、迷いこんだ男――小田桐は、運命に導かれるまま地獄めぐりをすることになる。

 異世界転生ものと比較したとき、小田桐が中年男性であるというのが目を引く。親には捨てられ、AV制作会社の社長などをして世間の闇を見てきた彼は、元の世界で知らなかった人の情愛や、自分の力の通用する領域を見つけて、生き抜いていくことになる。このあたりの展開は、人生経験の乏しい、平凡な学生が主人公では考えられないところだろう。

 久しぶりに読んでみると、妙に元気が出る。武器の使い方も知らなかった中年男性に過ぎない小田桐は、しかし幸運もあって凄惨な戦闘を生き抜き、日本軍に一目置かれるまでになる。そして最後に小田桐は、この世界で生きていくことを受け入れる。それが、五分遅れていた時計をこの世界に合わせるという些細なことなのが、逆に良い。この世界は、自分は絶対に行きたくないが、前向きなラストに思えるのは不思議である。

 

渡辺一雄『偽装買収』(徳間文庫、1994年、単行本1991年)B

 企業小説の代表的な書き手と思われるが、この作家は初めて読んだ。

 話は太平洋戦争の頃から始まる。戦争末期、出征した天道次郎は、同じ部隊にいた森口という要領のよい男に、なにかと使い走りにされる日々を送っていた。森口は終戦後も要領の良さを生かして事業を起こすがしばらくして失敗、いっぽう天道次郎は復員後、偶然が積み重なって巨万の富を得るまでになっていた。

 しかし天道には隠された目的があった。職人気質で善良な父に、失敗の責任を負わせて自殺に追いこんだあるデパートへの復讐である。流通業界の大物になった天道は、森口を利用してさらなる事業の拡大を図る。それはデパートと森口への復讐を隠すための遠大なカムフラージュだった。

 企業小説というのは敬遠していたが、これは読みやすい。個人的な復讐という動機がバックにあるため、行動も理解しやすいのである。なんでも著者がもとは大丸に勤めていて、その内部の不正を告発する小説でデビューしたという人だそうで、こういう復讐譚が作品にも多いらしい。もはや復讐のことしか考えていない天道は、静かな狂気を見せてなかなかの印象を残す。ちなみに天道次郎と森口富夫は小林茂清水信次という実在の人物がモデルで、現実には死ぬまで親友であり続けたという。それを知りつつ読んでいたので、冷酷に森口を切り捨てるラストはぎょっとした。

 この作家、いまでもブックオフで多少は見かける作家なので、機会があれば他にも読んでみたいものである。